第5話 私服は可愛かった

 何故なにゆえ宮下はこんなにも楽しそうなんだろうか。大阪難波行きの快速急行に乗って、それが然も当たり前であるかのように宮下と並んで座った俺は呑気にそんなことを考えていた。


 ちなみに宮下は隣りで絶賛大はしゃぎ中である。

 スマホをいじくり回して「これ、いいわね……」とか「美味しそう!」などと独り言をこぼし、時折俺にその画面を見せてくる。


 どうやら流行りの観光スポットを片っ端から検索してるらしい。全く以て摩訶不思議な成り行きとなったが、これはもう疑いようもなく『デート』と呼んで差し支えないだろう。


「葵から何か返事きた?」

「いや。とっくに既読はついてるけど、何も」

「なるほどなるほど。どうやら効いてるようね」

「何が?」

「こっちの話よ」


 宮下は語尾に音符でも付いてそうなほどに上機嫌な口調でそう答え、またスマホをいじくり回す。


 俺はなんとなくではあるが、この宮下という女子が何やらとんでもない勘違いをしているということを察し始めていた。


 だが、俺は決してそれを口にはしない。何故なら一度ひとたびそれを口にしてしまえば、俺自身がとんだ勘違い野郎になってしまうという巧妙な罠だからである。


 恐らく、宮下は岸野が俺のことを好きだと思い込んでいる。

 だから今日はわざわざこうやって偽装カップルを演じ、逐一岸野に見せびらかせることで復讐とやらを果たそうという算段なのだろう。


 ……いやいやいや。んな訳ないだろ。


 俺は知っている。あの日岸野が数々のリプライに対して『彼氏じゃない』と否定してまわっていたことを。終いにはリプライだけでなく、『だんちょー 彼氏』とエゴサまでして自らリプライを送りつけて否定してまわっていたことを!


 そもそもだ。たかが一回、それも偶然一緒に野球を観に行っただけで惚れた腫れたの話になんてなるはずがないだろ。小学生じゃあるまいし。


 俺は自分の全盛期を知っている。

 あの頃ですら、全くと言いほど相手にされてこなかった。そんな俺が訳もなく突然モテるはずがないのだ。誰だって十五年も生きてりゃ自分がどの程度異性の関心を引いているかなんてのは嫌でも理解できてしまう。


 ……まあいい。いずれにせよ宮下が本気で楽しもうとしてくれているのは事実。

 だったら俺もそれにあやかるだけのこと。誤解とか思惑はこの際置いといて、岸野の『お礼』を素直にありがたく受け取るとしよう。


 とその時、岸野からLINEの返事がきた。

 送られてきたのはメッセージではなく、岸野の部屋と思しき場所で撮られた一枚の自撮り写真。


 岸野は私服だった。部屋にいるからそりゃ当たり前なんだが、しかし部屋にいるにしてはどうにも気合いの入った様相に見える。


 ポニーテールにするために結ばれた水色のリボン。そのリボンに色を合わせて着ているギンガムチェックのワンピース。

 全体的にうっすらと施された化粧が、元々人形のように整っている岸野の容姿をより一層惹き立てている。


 男らしさ全開だった特攻服姿とは打って変わって、異国情緒すら感じられてしまうほどに女の子らしいファッションだ。


「…………」


 思わず生唾を呑み込む。

 画面に釘付けになっている自分がいた。返事をするべきなんだろうが、小っ恥ずかしくて何も思い浮かばない。


 これは……どういう意図なんだろうか。毎度のことながら、あいつの考えていることはさっぱり分からん。

 ただ、報告すると宮下の勘違いが捗ってめんどくさそうなことだけは確かなので、俺はスマホをそっとポケットに仕舞い込むことにした。

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