第4話 全然知らない女(part2)
結局お礼とやらが何か分からず終いなまま土曜日を迎えた。
幸い(?)にも外は見事なまでの快晴。
五月も下旬に差し掛かり、半袖で丁度いいぐらいの程よい暑さを保っている。まさしく絶好のお出かけ日和ってやつだ。
とは言えこの時間帯の駅は人混みも少なく、岸野が来れば一目で分かりそうなぐらいには落ち着いていた。それでもなるべく人目につきやすいよう、柱時計の下で岸野を待つ。
一応、俺なりに岸野が今日何をするつもりなのか予想してきた。
って言ってもまああいつのことだし、十中八九野球絡みだろう。
今日のタイガースは甲子園でデーゲームだし、また試合でも見に行くつもりなんだろうか。だったら九時は流石に早すぎると思うが……。それにそれならそうと事前に教えといてほしい。
ふと時計を見る。九時五分。…………いやもう過ぎてるじゃねーか!
誘った側が遅刻するのか……。と困惑しながらスマホを手に取ると、十分ほど前に岸野からLINEが来ていた。
『今日はデーゲームだった。うっかり』
「は?」
普通に声が出た。それとほぼ同時にLINEの通話ボタンを押す。が、どうやら岸野は誰かと話し中らしい。
『通話中のため応答することができません』
と無機質なメッセージが画面に表示された。
何やら暗雲が立ち込める中、『うっかりってどういうことだよ』と返事を送りつける。まさか家でデーゲーム見るから行けなくなったとか抜かすつもりじゃないだろうな?
とその時、
「はぁ⁉ ふざけんじゃなわいよ!」
俺の隣にいた女性が突然声を荒げた。ビクッと身体が震え、思わず隣を見る。声に違わぬ見事なまでの怒りを表情に露わにした、とんでもない美人がそこにいた。
美人は完全にブチ切れている。全部を聞いたわけじゃないが、「あんたが言ったから」とか「大体私は――」とか電話越しで一方的に物言いしてる感じだ。
最終的には「もういい!」と今にもスマホを叩きつけそうな勢いで会話を切って、乱暴に鞄に突っ込んでいた。
それでもまだ怒りが収まらないらしく、「あのヘタレめ……」と拳を握ってぷるぷる戦慄いている。こ、怖っ……。もう絶対そっち見んとこ……。
俺は速攻で美人に背中を向けた。
それより今は岸野だ。俺はもう一度LINEを開き、通話ボタンをタップしようとし
「あなた、相沢涼二君?」
突然フルネームを呼称されて思考が停止する。顔を上げると、さっき背を向けたはずの美人が俺の正面に回り込んでいた。
「葵なら来ないわよ」
「…………は? なんで?」
「野球の試合見るんですって。意味分かんないわよね」
「…………」
共感を求められても脳ミソが全く働いていないのでうんともすんとも言えない。俺は何度も目を瞬かせながら、目の前の美人をまじまじと見ることしかできなかった。
口ぶりから察するに、岸野の知り合いなんだろう。ってことは歳も同じなんだろうか。でもそうは思えないほどに、彼女は大人びて見えた。
俺とそう変わらないほどに高い背丈。胸元まで伸ばされた艶やかな質感のある黒髪。凛々しさすら感じられるほどにくっきりとした、およそ日本人離れな目鼻立ち。
モデルのようにスラリとした体躯を活かすために着ているのであろう白のロングスカートや、フリルが装飾された裏葉色のブラウスは、何処となく冷たい印象を与える彼女を清楚可憐な少女に仕立て上げていた。
「ねえ、聞いてる?」
「…………え、あぁ。悪い。色々意味不明過ぎてフリーズしてた」
俺が正直に告げると、すぐさま美人は納得してくれたらしく、苦笑いを浮かべて頷く。
「まあそうでしょうね。そもそも貴方からしたら〝お前は誰なんだよ〟って話でしょうし」
そう言ってからまた一人でうんうんと頷き、コホンと咳払いをしてみせる。
「じゃあ改めて。初めまして。私は宮下仁美。一応葵の友達……のはず、うん。今日は思いっ切りすっぽかされたけど。とにかくまあ………………よろしく?」
最後は美人――宮下もよく分からなくなってしまったらしく、不思議そうに首を傾げながら自己紹介を締めくくった。
その気持ちは痛いほどよく分かった。そもそも俺はこの桁外れな美人と何をどうよろしくすればいいのかさっぱり分かってないからだ。
とりあえず俺も名乗って、ペコペコとぶっきらぼうに頭を下げる。
それから俺は少しずつ回るようになってきた頭で、このあまりにも謎過ぎる状況の整理を始めた。
恐らくこれは岸野によって仕組まれたものだ。
あいつに限って阪神の試合開始時刻を間違えるなんてポカは考えられない。
つまりあいつは初めからここに来るつもりはなく、にもかかわらず俺と宮下をここに呼び寄せた、と考えるのが妥当だろう。
となると、だ。
これがあいつの言うところの『お礼』ということになる。それはつまり、〝私イチオシの美人を紹介してやるから後は勝手によろしくやってろ〟ってことだろう。
そう考えると、これまで散々はぐらかされてきたのも納得できる。
それにまあ世間一般的に考えても相手へのお礼として異性を紹介するというのはギリギリあり得る、寧ろ人によっては咽び泣いて感謝するぐらい素晴らしい対価になり得るものだ。
でもなぁ……。
俺は絶賛気まずい沈黙が発生している空間で改めて宮下をチラリと覗き見る。
流石にオーバースペック過ぎる! ついこないだまで放課後デートで一喜一憂してた人間には荷が重すぎるわこんなもん! さっきから〝なんか喋んなきゃ……!〟って焦りまくってるのに考察だけが無駄に捗ってるわ!
「ねぇ、貴方ほんとに相沢君であってるわよね?」
「え? あぁ、うん。そうだけど」
「おかしいわね……。葵は〝とにかくめちゃくちゃ面白い人〟って言ってたのに……」
「…………」
あいつは鬼か? んでこの空気の中それを口走る宮下も中々に鬼だ……。いや多分、純粋におかしいと思ってるだけなんだろうけど。そうだと信じたい。
出会って一分で面白くない人認定されたまま黙りこくってるのはあまりにも地獄なので、獄門の如く固く閉ざされた口を無理やり開くことにした。
「なぁ、これからどうする? 俺岸野に今日何するとか全く聞かされてないんだけど」
そうして出てきたのは完全なる丸投げ。自分の面白くなさを痛感させられすぎて泣きそうです……。
「そのことなんだけど……」
宮下は顎に手を当てて考える素振りを取りながら言葉を紡いでいく。
「隣にいたから知ってると思うけど、さっき葵と電話してたのよ。で、私今すっぽかされて結構怒ってるのよね。だから葵に復讐がしたいの」
「ふ、復讐……?」
突然物騒な言葉が飛び出してきたので思わず聞き返してしまう。
「えぇ、だから相沢君も協力してくれないかしら?」
「……その復讐とやらの内容によるとしか」
「大丈夫、悪いようにはしないわよ」
そう言って宮下は不気味に笑い、ゆっくりとこっちに近づいてくる。そのまま隣に並んだかと思えば、何故か俺の肩に自分の腕を回してきた。
「ほら、笑って」と耳元で囁かれる。
そして宮下はスマホを取り出し、目一杯伸ばした腕でカメラをこっちに向けて、
パシャッ。
見事なまでに引きつった笑みを浮かべる俺と、満面の笑みを浮かべてピースまで決めている宮下のツーショットが撮れた。
「これ送るから、貴方から葵に送って頂戴」
「なんで俺から?」
「その方が効果があるからよ」
「…………?」
意味が分からず首を傾げる。しかしそんな俺とは対照的に宮下のテンションはどんどん上がり始めていた。
終いには堪え切れなくなった笑みを零すかのように破顔して、
「今日来なかったことを後悔させるぐらい楽しむ。それが私なりの復讐。どう? 悪くないでしょ?」
そう言って宮下は券売機の方に走り始める。
「そうと決まれば善は急げよ!」
まるでさっきまでとは別人のようにはしゃいでみせる宮下に困惑しつつ俺は尋ねた。
「何処に行くんだ?」
すると宮下は「決まってるじゃない」と言いながら、購入した切符を見せつけてきた。
「大阪っ!」
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