第9話 判定はアウトだった

 地元に帰還。岸野と別れて徒歩で自宅へ向かう。上げ過ぎたテンションを引きずらないように、夜空を眺めて気持ちを落ち着かせる。


 深く吸った息を一気に吐き出すと、想像だにしなかった濃密な一日の反動が早速全身を襲い始めた。こりゃもう家に帰ったら爆睡だな……。


 ふらふらとした足取りで十分ほど歩いて我が家に到着。

 小腹が空いたので何か食べるか考えながらリビングに入ると、おかんと親父が仲良くソファーに座ってテレビを見ていた。


『初球打ちいいいいいいいい! ライト下がる! 下がる! 見送った! ホームラー――――――――――――ン』


「なんでよりによってこんなシーン見てんだよ。嫌がらせか」


 俺が口を尖らせて文句を言っても二人はまるで反応しない。

 その代わりと言わんばかりに親父が何やらジェスチャーを始めて、四角い箱のようなものを描いてみせた。

 おかんがそれに対し無言で頷くと、リモコンを手に取り映像を巻き戻し始める。


 ……え、何してんのこれ。リクエスト?


 首を傾げていると再びあの忌まわしい映像が流れ始める。何回見ても文句のつけようがないホームランだ。それがスタンドに入る瞬間。そこでピタリと映像が止められる。


 血の気が引いた。


「ではお父さん。問題のこのシーンについて解説お願いします」

「はい、分かりました。えー、これは間違いなく相沢涼二選手ですね。タイガースのユニフォームを着ているので一見分かりづらいですが、私が今日渡したチケットの座席と一致しているので間違いありません。見事なホームランキャッチ、流石は我が息子ですね」

「では彼の右隣に座っている方についての解説をお願いします」

「はい、えー、これは間違いなく女の子ですね。それもとても可愛らしい。アイドル顔負けですよこれは。こんな女の子が特攻服を着て応援するなんて、よっぽどタイガースが好きなんでしょうね」

「彼女でしょうか」

「いやー、どうでしょう。まだ入学して一ヶ月程度ですからね。いくら帰宅部になったとはいえ、彼がそんな短期間で彼女を作るのはまだ難しいのではないでしょうか。つまるところ、友達以上恋人未満と言ったところでしょうか」

「なるほど、ありがとうございます」

「ところで今相沢選手は手ぶらです。ということは彼は女の子にグローブもユニフォームも借りたことが予測されますが、えー、女の子に借りた服を洗わずにそのまま返した点についてお母さん、解説お願いします」

「完全にアウトですね。そもそもユニフォームは家にあるのに何故持って行かなかったのでしょうか。理解に苦しみます。後日謝罪は当然として、お礼も必要になってくるでしょう」

「なるほど。お礼、と言いますと?」

「そうですね、これほどタイガースを愛してやまない二人ですから観戦チケットが妥当ではないでしょうか。子の失態は親の責任です。こちらが用意しましょう」

「孫の顔が楽しみですね」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「…………」


 茶番を終えた二人が同時にこっちを見て、何も言わずにニヤリと笑う。

 とにかく沈黙が正解だと判断し、苦笑を浮かべて突っ立っている俺の元にのそのそと親父が近づいてくる。


「また用意してやるからな」


 そう言ってポンと肩を叩き、そのまま音もなく寝室へと消えていった。

 ……よかったな、岸野。なんかまたすぐ行けそうだぞ、甲子園。

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