第8話 めちゃくちゃ見られてた

 言うまでもなくタイガースはあのまま為す術もなく負けた。

 二人でとぼとぼと背中を丸めて帰路につく。ちなみに俺は着替えた。岸野は相変わらず特攻服のままだが。


 ごった返す人混みの中ではとてもじゃないが喋る気力もわかない。そもそも物理的に会話が困難なぐらい人で溢れ返っていた。


 岸野を見失わないように気を付けながら電車に乗り込む。なんとなくスマホを手に持って、Twitterで岸野のアカウントを覗いてみる。更新されていた。


『特級呪物』


 そんな物騒なツイートと共に添付されていたのは、俺があげたホームランボールの写真だった。やはり岸野はあれを家宝にするつもりはないらしい。


『封印しましょう』とか『流石にこれは呑み込めない笑』といった感じの大喜利めいたリプライで溢れかえっている。

 そんな微笑ましいやりとりを眺めていると気になるものが一つ。


『彼氏さんに捕ってもらったんですよね! めちゃくちゃカッコいい捕り方でした!』


 …………ん? なんでそんなこと知ってるんだ? あれか、たまたま現地にいたファンとかそんな感じか。


 確かグラウンド整備の間にも何人かと写真撮ってたしな。……というか他のリプライは基本的にスルーしてるくせにこれにだけ『彼氏じゃない』と即リプしていた。

 いや、そりゃそうなんだけどさ。一々全否定されるとガラスのハートが傷付くンゴねぇ……。


 心の中のピュアj民を召喚して勝手に傷心していると、突然岸野に服の裾を引っ張られる。スマホに気を取られて気付かなかったが、どうやら尼崎についたらしい。

 そういや行きは快速急行一本で行けるのに帰りは何回か乗り換えないといけないんだっけか。謎の仕様を疑問に思いながら降車する。


 尼崎のホームで電車を待つと人混みは一気に緩和される。準急に乗り換えると空席に並んで座ることができた。


「本当に、もらっていいの?」


 電車が発車するのとほぼ同じぐらいのタイミングで岸野が尋ねてくる。


「いいって別に。まあ扱いに困るだろうけど」

「そんなことない。ちゃんと百葉箱に入れておく」

「お前ん家百葉箱あるのか……」


 マジで扱いが特級呪物のそれになってるじゃねぇか。


「本当はおじいちゃんの仏壇にお供えしたかったけど、これお供えしたら多分おじいちゃんに怒鳴られる」


 突然そんなことを言われて言葉に詰まってしまう。なんて返すのが正解なのか考えていると、岸野が特攻服を見つめながら続けた。


「これはおじいちゃんの形見。だからサイズもちょっと大きい」 

「……年季物なんだな」

「そう。昔はおじいちゃんがこれを着てて、私をよく甲子園に連れて行ってくれた。阪神戦だけじゃなくて、色んな野球を一緒に見に行っていた」


 想像してみる。

 在りし日のそれはとても微笑ましい光景だった。だからこそ今のこの岸野があるということが、あっさり納得できるぐらいの。


「誰かとこうして一緒に見に行ったのは久しぶり。だから今日は楽しかった」

「そりゃ何より。俺も偶然とはいえここまで喜んでくれる相手が見つかってよかったよ。親父も喜んでると思うわ」


 まあ親父には女子と観に行ったなんて死んでも言わないけど。絶対めんどくさいし。


 なんてことを考えながら岸野の返事を待っているが、一向に返って来ない。特に気にすることでもないが、一応チラリと横目で見てみると、岸野はまだ何やら話そうとしていた。


「だから、その」


 しかしどうにも歯切れが悪く、俯いて口をもごもごさせている。不思議に思いながらもしばらくそのまま待っていると、岸野はおもむろにこちらを向いて、


「また一緒に行ってくれたら、嬉しい」


 そしてすぐさま俯いた。

 いつのまにかデコにずらしていたはずのサングラスも装着している。


「葵を甲子園に連れてって」

「それ意味合い大分違うけどな」

 シンプルにドラマがなさすぎる。誰でも叶えられる夢じゃねぇか。

「…………貴方なら」


 ボソッと、さっきぐらいの混雑だったら完全に聞き逃してしまうぐらいの声量で岸野がこぼす。そして岸野は、俺の瞳を覗き込むようにしてこちらを見た。


 ――瞬間、俺は察した。


 ……というかまあぶっちゃけ薄々勘付いてはいた。やっぱりこいつ、元から俺のことを知ってるっぽい。

 それでもあえて聞こえなかったふりをしたのは、話を掘り下げられたくなかったからじゃない。岸野が話を掘り下げてこなかったからだ。


 きっとまだ、そういう間柄じゃないと判断されたんだろう。だったら俺も一々詳らかに話したりなんてしない。ただそれだけの話。

 ……まあ聞いたらがっかりされるだろうから言わない方がいいとは思うけど。


 大体岸野は俺のことを買いかぶり過ぎだ。俺はそんな大した選手じゃない。

 ――っと、返事しないと。


「まあ親父がまたチケットくれるようなことがあったら真っ先に誘うわ。正直中々ないと思うけど。もちろんそっちが誘ってくれてもいいし」

「……ほんと?」

「もちろん。でも俺バイトとかしてないから金欠だったらごめんな」

「絶対誘う」


 岸野の顔がグイっとこっちに近づいてくる。……やっぱこいつ距離感バグってるだろ。その整った顔で迫られるとその、シンプルに照れるからやめてほしい。


 不意に視線を感じた。それも結構な量の。

 ふと冷静になって辺りを見回すと、つり革を持って立っている何人かがこっちを見てちょっとニヤついていた。


 ……おいコラ、見せもんじゃねーぞ。

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