第7話 夢が叶った?


 試合は両者一歩も譲らない展開となった。一回にピンチを迎えたジャイアンツの投手はそれ以降立て直して圧巻のピッチングを見せる。


一方で、度々ピンチを迎えるタイガースは冴え渡る継投策と野手陣の目を見張るようなファインプレーで華麗に切り抜けていく。


 スコアボードには淡々と0が刻まれていくものの決して退屈ではない、寧ろ息をつく暇すらないほどの緊迫感があるまさしく〝プロ野球〟と呼ぶに相応しい攻防戦。


 応援に熱が入らない訳がなかった。


「いけ―――――――――――‼ 打て――――――――――――――――――――‼」


 喉が張り裂けるんじゃないかってぐらい全力で叫ぶ。無論それは俺だけじゃなく、隣にいる岸野も、もっと言えば周りの人だってそうだった。

 全力と全力のぶつかり合いはいつだって人を本気にさせる。そんなことすら、忘れかけていた。


 試合は終盤八回裏。

 ツーアウト満塁でバッターは代打の切り札。未だに両者無得点ながらもタイガースにとっては初回以来のようやく巡ってきたチャンスだった。


 まるで荒波のような熱狂が渦巻く甲子園。

 俺はすっかり岸野に乗せられて、気付けば全身にありとあらゆるタイガースグッズを身にまとったビックリ人間になっていた。


 ヘアバイザーのツバには球団旗を振っているトラッキーとラッキーがクリップ止めされているし、更にその上から虎耳のカチューシャまで装着している。


 両の手にはメガホン、旗、タオル、ぬいぐるみ。とにかく身の回りにある黄色いものを形振り構わず振りまくっていた。多分目とか血走ってたと思う。


 投球練習を終えた中継ぎ投手が第一球を投げる。

 初球で仕留めんとばかりに、バッターがそれをフルスイングした。捉えた当たりは綺麗な放物線を描いてこっちに向かってくる。


「「来い! 来い! 来い! 越えろ! 越えろ!」」


 岸野と、いや、ここにいる全員で叫ぶ。

 必死にバックして打球を追いかけるライトはフェンスの手前で立ち止まり、人間離れした跳躍力でボール目掛けて飛びついてみせた。


 全神経がボールの行く末に集中して感覚が研ぎ澄まされていく。目に映る全てがスローモーションになって、割れんばかりの歓声が無音になっていく。


 絶対に入る。

 そう信じて疑わなかった。

 しかし無情にもボールはパシッと乾いた音を残して、ミットの中に収まってしまった。


「あぁ」


 全身の力が抜ける。そのまま椅子にへたり込んでしまった。椅子がなかったら後ろにひっくり返っていたと思う。


「惜っっしいいいいい」とか「んあああああ」とか天を仰いであれこれ喚きまくっていると、岸野が「大丈夫」と何やら自信ありげにこっちを見ていた。


「継投勝負なら阪神が一枚上手。ここからが本当の勝負」

「…………そうだな、確かまだ今年は延長戦で負けてないんだっけか」


 岸野は静かに頷いた。よく分かってるじゃないか、と言わんばかりの表情で。

今日一日で岸野の感情の機微がなんとなく読み取れるようになってきてちょっと嬉しい。


 かくして試合は九回表を迎える。

 どうやらタイガースはサヨナラ勝ちを狙ってるらしく、投入されたのはまさかのクローザーだった。

 次の回タイガースの打順は一番からだし、そのまま押し切れると踏み切ったんだろう。


 強気の采配に自ずと胸が高鳴る。…………勝てる。

 確信した俺はクローザーの名前を叫び、精一杯のエールを送った。

 その初球。


「え?」


 さっきも見た放物線。

 しかし先程と明らかに違うのは、ぐんぐんと伸びるにつれて勢いを増している弾道だ。っていうかこれはもう――


 そこからはほとんど反射だった。手に持っていたものを全て置いて足元のグローブを手に取る。構える暇もなく向かってくる打球をまるで薙ぎ払うようにして補給に挑む。ボールは――奇跡的に俺のミットの中に収まっていた。


 浴びる注目。聞こえる嘆息。

 そんな中、俺は不意に岸野の言葉が脳内でリフレインした。


 ――私の夢はホームランボールを家宝にすること。協力してほしい。


 岸野を見る。

 何も言わずにこっちを見ていた。掛けるべき言葉が見つからなかったので、とりあえずボールを手渡してみる。


「…………」


 まるで禍々しいものを見るかのようにボールを見つめる。

 すっげー複雑そうな表情だった。喜怒哀楽が全部混じって顔のパーツが中心に寄せ集まっている。


 ……あ、これダメな奴だわ。

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