第4話 2点はわりと妥当だった
甲子園までの切符を買い、ホームで快速急行を待つ。
その間に岸野のツイートを拝見していたが、現地観戦に行った時の自撮りや球場の写真が主で、後は選手やチームの細かいデータなど、ファンにとって為になる情報も発信していた。どうやらサングラスは身バレを防ぐためのアイテムらしい。最低限の防具としか思えないが……。
電車に乗り込む。
人は疎らで、空席もちらほらあった。
中には黄色いユニフォームを着た阪神ファンも見受けられる。とは言っても流石に岸野ほど派手な格好のファンはいないし、相変わらず人目を引いていたが。
岸野は当然のように二人席に座る。若干躊躇っている俺をジッと見つめていたので、俺も遠慮なく岸野の隣に座ることにした。
「…………」
そして訪れる沈黙。
まあでもこれは予想できたことだ。なんなら今日唯一的中した予想と言っても過言ではない。他があまりにもはちゃめちゃ過ぎたので……。
とは言え岸野が単に無口なだけの女子ではないと分かって、純粋に興味を惹かれている自分がいるのも事実。
このまま無言で甲子園に行くのもなんなので、さっきの情報を糸口に会話を試みることにした。
「なぁ、なんでそんなにフォロワーが多いんだ?」
「……特にこれといった理由はない。いつのまにか増えていってこうなった」
「へぇ……」
まあなんとなく理由は分かる。これだけインパクトがあって、なおかつルックスも兼ね備えた女子高生がほとんど顔出し同然で運用しているのだから。きっかけさえあれば雪だるま式にフォロワーが増えてくなんてのは想像に難くない。
「でもそんだけフォロワー多いと色々大変なんじゃないか? さっきも声掛けられてたし」
「…………大変」
岸野は珍しく顔をしかめてうんざりとした表情を見せる。
「よく変なDMが来たりする。……これとか」
そう言って差し出された岸野のスマホを受け取ると、ダイレクトメッセージが表示されていた。
『おっちゃんの下半身タイガース採点してや!』
というなんの捻りもないそのDMには、信じられないことに男性器の画像が何枚も添付されていた。
「うヴぉ」
変な声が出た。いや出るだろこれは。こんなもん電車で見せるな。
あと2点って律儀に返事するな。そういうことするから付け上がってエスカレートしていくんだぞこういう輩は。
「これがバレてお母さんに一人でナイター観に行くのは禁止にされた」
「寧ろ寛大な措置過ぎるだろ……」
普通アカウント消せって言われるぞこんなもん。俺ん家で妹がこんなことしてたら問答無用で家族会議だし、下手すりゃ警察沙汰だ。
「というか岸野は怖くないのか? 他のDMも出会い目的みたいなん少なくないだろ」
尋ねると岸野は少し間を取る。それから静かに頷いて、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「怖くないと言ったら嘘になるかもしれない」
「でも、それ以上に楽しい」
「球場で色んな人が私に声を掛けてくれる。一緒に応援して、一緒に喜んでくれる。それが何よりも嬉しい。今までずっと、一人だったから」
……その言葉には重みがあった。
岸野の中に詰まったこれまでの思い出の一片を感じられる、確かな重みが。
どうしてずっと一人だったのか。
今それを聞くのはあまりにも野暮な気がしたので、俺は笑って続けた。
「好きなんだな、野球」
「大好き。だから今日はとても楽しみ」
岸野は笑った。屈託なく、年相応の女子らしい笑顔で。
それから岸野は何かスイッチが入ったかのように、
「今日の見所は間違いなくルーキーの藤森。大卒ドラ一で入ったけどオープン戦でずっと調子が上がらなかったから開幕は二軍スタートだった。だけど佐山が怪我で離脱したから代わりに一軍初登録、本人も調子が上がっていて二軍では既に二本のホームランを打っているし何より彼の魅力は――」
それは教室での無口な姿からは想像できないほど一方的なマシンガントークだった。だからつい、笑ってしまう。
野球を観るのがこんなに楽しみだと思ったのは久しぶりだった。
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