第3話 なんか凄いのが来た
「着替えるから四時に駅集合で」と岸野は足早に去っていった。
どうやら制服デートとはいかないらしい。そもそもこれをデートと認識していいのかかなり怪しいし、制服で行ったらめちゃくちゃ目立つから当たり前なんだが。
というかさっきからキモいな俺……。いくらなんでも目的を履き違え過ぎだろ。これ以上はついて来てくれる岸野に失礼だし、流石に自重する。
……そういやあいつ、俺が電車通学だったらどうするつもりだったんだ。四時集合ってのもなんかやたら早いし。まあチャリ通だから問題ないんだけどさ。
なんてことを考えながら駅の柱時計を見ると時刻は三時五十五分。そろそろ来る頃なんじゃないかと辺りをきょろきょろ見回していると、
「お待たせ」
「…………」
浮かれていたバチが当たったんだろうか。そう思ってしまうぐらい、とんでもない格好をした岸野が目の前にいた。
ナイターなのに何故か着けているサングラス。
しかしこんなのはまだ序の口で、何より目を引くのは明らかにオーバーサイズな特攻服とボンタンだ。
応援団長よろしく全身を真っ黒く包むその特攻服には至る所に白の刺繍が施されており、『猛虎神撃』『我ヶ魂虎ト共ニアリ』等の勇ましいポエムで虎への熱い忠誠を誓っていた。
「一張羅を着てきた。……どう?」
岸野が上目遣いで尋ねてくる。こんなもんが二張も三張もあってたまるかと内心毒づきながら俺は答えた。
「に、似合ってると思うぞ……」
「そう、よかった」
岸野は安心したらしく、ほっと息をついた。どうやらそれなりに緊張してたらしい。
というかここはまだ奈良なんだが……。
百歩譲ってここが甲子園だったら違和感なく溶け込めたかもしれんが、このままだと流石に目立ちすぎる。
案の定、すれ違う人はほぼ全員こちらを一瞥していた。
中には立ち止まってこの異様な光景をじろじろと観察してる人までいる。
しかし岸野は全く気にする素振りを見せず、すたすたと券売機に向かって歩き始める。
とその時、俺たちと同世代ぐらいの女子が岸野の傍に駆け寄っていった。
「あ、あの……。もしかしてだんちょーさんですか?」
「そう」
「え、マジ⁉ ヤバい。私ファンなんです! 一緒に写真撮らせてもらってもいいですか?」
岸野はコクリと頷き、俺をひょいひょいと手招きする。
「撮って」
「お、おう……」
ツッコミどころしかない会話に戸惑いながらも女子のスマホを受け取る。
そのまま柱時計の下まで移動して、嬉しそうに照れ笑いを浮かべている女子と無表情でピースを決める岸野の写真を撮った。
「ありがとうございます! 応援してるんで頑張ってください!」
岸野は律儀にもひらひらと手を振って、駆け足で去っていく女子を見送っていた。
……なんだったんだ今の。というかなんなんだよこの状況は!
待ってる間は俺も結構緊張してたはずなのに、今はこのカオスとも言える状況のせいで一周回って冷静になってしまった。
「なぁ、岸野って有名人なのか」
率直に尋ねてみたが岸野は何も答えず、代わりに無言でスマホを俺に差し出してくる。そこにはTwitterのプロフィール画面が映し出されていた。
『だんちょー』と表示されたアカウント。アイコンは今と同じ特攻服姿の岸野で背景は甲子園の入場門だった。フォロワーは……
「二万五千人⁉」
思わず声に出してしまった。
唖然として岸野を見る。
岸野は相変わらず無表情に見えるが、しかしよく見ると何処か誇らしげな顔をしているようにも思えた。
「す、すげーな……」
ポツリとこぼして呆然と立ち尽くしていると、いつのまにか岸野は再び券売機の方に移動していた。
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