第2話 秒で食いつかれた



 結局放課後になっても相手が見つかることはなかった。

 クラスの友人は部活やらバイトやらそれぞれ事情があるらしいし、中学時代の友人はほとんど返事すら来ない。


 なんなら〝興味がない〟と普通に断られたりもした。俺って人望ねーのかな……って内心ちょっと凹んだ。それなりに友達いたつもりなんだが。


「まあそれとこれとは別だろ」


 事情を知ってる山本が慰めっぽい言葉をくれる。


「人間ある程度心の準備ってもんがあるんだよ。いきなり野球見に行くってなっても中々脳ミソ切り替えらんないべ」

「……そういうもんかね」

「それに俺は部活なかったら行ってたって。だから一々凹んでねーでさっさと支度して大人しく一人で観に行くなりなんなりするんだな」


 そう言って山本は俺の肩をポンと叩き、「んじゃな」と教室を後にする。

 ……俺もこのまま座ってても掃除の邪魔になるだけだし、とりあえず一旦帰るとするか。


 とその時、また背中に突き刺さるような視線を感じた。

 虎視眈々とこっちを見ていたのがハッキリと分かるぐらい強烈な視線。

 思わず振り返ると……やはりそこには岸野葵がいた。


 じっと見つめあう。

 どれだけ続いても視線が逸れることはない。

 しかし岸野は決して口を開かず、相変わらず視線だけで何かを伝えようとしている……。



 ――いきなり六甲おろしが流れ始めた。



 あまりにも突然の出来事に混乱しつつ辺りを見回すと、机の上に置かれた岸野のスマホからイヤホンが抜けて音漏れしている。

 そして岸野は〝あらま〟と言わんばかりに口元を手で押さえて、パチパチと瞬きをしながらスマホを見つめていた。


「…………」


 教室が何やら異様な雰囲気に包まれて注目を浴び始める。しかも何故か音量はどんどん上がっていく。さりげなく曲がチャンステーマに切り替わる(めちゃくちゃうるさい)。

 やむを得ず俺は尋ねてみることにした。


「あ、あのさ、岸野って野球好きなのか」

「……人並みには」


 人並み程度の興味しかない奴は教室で六甲おろしを聴いたりしないと思うんだが……。あえてツッコまずに告げるべき言葉を絞り出そうとする――が、直前で踏み止まった。


 いやでも行くのか? こいつと? なんで? いや、そりゃ勿論こっちとしては来てくれるだけで充分ありがたいんだが……それ以上に色んな疑問が勝るだろ。

 脳内でシミュレーションしてみる。気まずい。気まず過ぎる。試合がどんな展開になろうとぎこちない会話になる予感しかしない。なんなら会話のキャッチボールなんてものは一つもないかもしれない。


 だから岸野は俺が誘ってくるのを最後の最後まで待っていたんだろう。

 俺の脳内天秤は『気まずい』の重みで圧倒的に左に傾いていた。


 でも……。

 咄嗟に俺の脳裏を甘酸っぱいワードが駆け巡る。


 放課後デート。


 独身の叔父(三十六歳)(子供部屋在住)曰く、この経験の有無によって人生は大きく左右されるらしい。「あれがなかったら、今頃俺は――」と遠い目をしながら暮れていく夕日を眺めていた叔父の背中は一生忘れられそうにない。


 それに率直に言って岸野は可愛かった。なんというか、全体的に小動物を彷彿させる可愛さがある。何処となく叔父に親近感を覚える俺にとって、可愛い女子と放課後デートをしたという事実は今後の俺の生きる糧になるだろう。

 と、色々目まぐるしく考えた結果、気付けば天秤はわずかに右に傾いていた。


「実は――「行く」

 まだほとんど何も言ってないのに秒で食いつかれてしまった。


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