124.追い込まれる金獅子の団
一方、その頃、野営地に滞在していた金獅子の団は夜の静寂に包まれていた。月明かりが雲に隠れ、冷たい夜風が静かに吹き抜ける。酒を飲んで語らっている者もいるが、敗戦後の重苦しい空気が漂い、誰も馬鹿騒ぎする気にはなれなかった。
男達の半分近くはもうテントに入って寝ている。その中、ルーナ隊のデニスとケンはテントの外を雑談しながら歩き回っていた。二人は10年来のつきあいである副隊長ジョエルがまさに今、金獅子の団を裏切りリオを襲っている事を知らない。
「ったく、アランママは雑用をほったらかしてどこに行ったんでござる」
「んだんだ。......?」
話の途中でデニスはぴたりと立ち止まる。
「今、なんか変な声聞こえなかっただか?」
「声?」
「悲鳴みたいな......」
その時、丁度二人が立ち止まった目の前のテントが開く。中から獣人の男達が二人出てきた。
「おお、ビリーにマーク、丁度良かった。二人もアランを探して......」
デニスは違和感に気づき、最後まで喋らなかった。彼の目が、目の前の獣人二人の姿に釘付けになる。彼らの毛並みが何故か赤黒く染まっている。怪我をしている様子はない。誰かの返り血のようだった。デニスもケンも訝しく感じる。戦で浴びた血を洗い落とす時間は十分にあったはずだ。
「......なんで、そんなに血がついている......だ......」
言葉を最後まで発する前に、デニスの目がテントの中に向けられた。そこで彼は凍りつくような光景を目にする。テントの内部が血の海と化しており、その中で他の仲間達が無残な姿で倒れているのだ。
一瞬の静寂。
そして......
ジャキッ――――
鋭い痛みがデニスの腹を貫いた。彼の目が驚愕に見開かれる。ゆっくりと視線を落とすと、そこには自分の腹に深々と突き刺さったナイフがあった。刃を握る手は、仲間であるはずのビリーのものだった。
「な......んで......」
デニスの口から血が溢れる。彼の目がケンを探す。
「なッデニス殿......! しっかり! い、一体これはどういう事でござる......!?」
ケンの叫び声が夜の静寂を引き裂く。デニスは苦しそうに呻き、よろめきながら後ずさる。視界が徐々に暗くなっていく。彼の耳に、ケンの必死の叫び声が遠くなっていくのが聞こえた。
「う......ぐ......ぅ......」
デニスはしばらくの間痙攣し、そして、......動かなくなった。地面に倒れ込む彼の目には、最後まで信じられないという表情が浮かんでいた。
ケンは絶句した。10年近く背中を預けて戦っていたデニスが、あっさり仲間に斬られて死んだのだ。
「な、なんで......なんで......」
ケンの体が怒りと悲しみで震える。彼は憎悪の眼差しでビリーを睨みつけた。
「お、お前、突然何をするでござる!
怒りに我を忘れたケンは、突如ビリーに向かって飛びかかった。ケンの拳がビリーの顔面に叩き込まれる寸前、獣人の優れた反射神経を持つビリーは咄嗟に身をかわし、ケンの拳は空を切った。
ビリーはデニスを刺した血だらけのナイフを向け、その後ろでマークも剣を構えている。対して、ケンは丸腰だった。
二人に刃物を突きつけられてケンはじりじりと後ろに追いつめられる。
「ケン!」
突然、ビリーとマークの体から血飛沫があがる。闇の中に炎の魔剣が輝いていた。純エルフのヘンリーの魔法だ。闇の中で炎の剣に照らされたヘンリーの姿を確認する。
「へ、ヘンリー殿! かたじけないでござる! し、しかしデニス殿が......」
ヘンリーはケンの言葉で、デニスの死体に気づき一瞬ショックを受けたように固まった。だが、すぐに表情を険しくする。
「ケン! 辛いが今はデニスどころじゃない! 裏切り者は他にも大勢いるようだ! もう何人もやられた!」
よく見ると、ヘンリーは息も絶え絶えで血まみれの姿だった。服が切り裂かれ、身体中に無数の傷が見える。どう見ても戦でできた傷じゃない。
遠くの方で喧騒が聞こえてくる。悲鳴、怒号、そして武器がぶつかり合う音。
ケンは身体が震えるのを感じた。彼の目に映るのは、長年共に戦ってきた仲間たちの姿。しかし彼らは今、月明かりに照らされた野営地で、互いに剣を交えている。
「敵は誰で、仲間が誰なのかわからない!」
「おまけに今はリオもヘイグちゃんもちゃんルナもいないんだよね〜」
二人の元に、新たな影が駆け寄ってきた。
「やあ、ヘンリーちゃんにミニ馬ちゃん〜」
緊張感のない声の主は、ドワーフのヴィクターだ。しかし、声の割にヴィクターも随所に怪我を負い表情に疲労が出ている。不意をつかれて襲われたのかもしれない。
「下手打つと、結構な犠牲を出すかもしれないね〜」
「とにかく武器を持って、皆に呼びかけるんだ! 味方同士で連携しないと!」
「まだ寝てる奴もいるだろうし~」
遠くから、獣のような咆哮が聞こえた。
「グオオオオッ! 裏切り者ども、この俺が相手になってやる!」
ケンタウロスのベンが遠くの方で巨大ハンマーを振り回している。ヴィクターが「お、ベンちんもやってんね〜」と軽やかに言う。三人は互いに頷き合い、仲間を集めるべく動き出そうとした。
その瞬間____
――――オオオオオォォッッッッ
地響にも等しい雄叫びが響く。野営地の周りが一気に松明の明かりで照らされる。
「......これは......」
3人は思わず言葉を失った。さっきまでは余裕を見せていたヴィクターでさえ、額に一筋の汗が流れる。
オレンジ色の炎が揺らめき、周囲の木々に不気味な影を投げかける。松明の下には無数の人影が立ち並び、その合間には旗が林立している。
「これより、金獅子の団を国家反逆の罪で捕える! 抵抗する者は殺してもかまわない!」
狼聖騎士団が混乱の渦中にある金獅子の団を完全に取り囲んでいた。
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