90.満点の星々(2)
「あんたあんたあんたさああああああ! 兄貴をなんだと思ってんのよ! 馬鹿じゃないの!?」
「ひいいいっ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいいい」
今度こそ死ぬほど殴られると察したアランは身構えた。だが、意外にも、ルーナは大きくため息をついた。
「全くもう、そんなんだからミミズなのよ、あんたは」
「評価が戻った......」
「兄貴をそこらのくだらない男と一緒にしないで。というか、兄貴はそもそも恋愛には興味ないわ」
「......え?」
「兄貴が見ている世界は私達とは違う。もっと何か壮大な…異質な何かを見てるのよ。俗物的な物には関心がないの」
「世界から争いをなくすために、ルーデルを自分の手で統一するってやつですか?」
「ええ」
「......今だから言いますけど、僕は正直、うさんくさいと思っていました」
アランはちらりとルーナの顔色を伺う。『うさんくさい』と言った事に対しては怒っていないようだ。アランはこれ以上ルーナの機嫌を損ねるような事を言いたくなかったが、ルーナの現状を見てリオの愚痴を言わずにはいられなかった。
「だってそうじゃないですか。平和主義者の傭兵団長なんて聞いた事ないですよ。人殺しを生業にしているくせに、心が清廉潔白すぎるというか......。それに普段何考えてるかよくわかんないし」
「兄貴の夢は優しさからきている物じゃないわ。とんでもなく大きな、大きな強欲の上に成り立っている。だからこそ、荒くれ達はリオを信頼している。だからこそ、兄貴の夢は誰よりも輝いているのよ」
「?」
要領を得ない様子のアランにルーナは呆れてため息をついた。
「......はあ、わかっていないわね。兄貴は平和主義者でも清廉潔白でもなんでもないわ」
「?」
「貴族や民衆の前では平和を謳って聖人君子のように振る舞う。金獅子の団の前では「ルーデルの歴史に名を残す偉業を成し遂げる」って男共の承認欲求を刺激し思うように操る。兄貴は、どうやったら人から好かれるのか、どうやったら人を上手くコントロールできるのかよくわかってるのよ。だから、誰も本当の兄貴に気づかない」
「僕達を......駒としか見ていないって事ですか?」
「半分正解で、半分ハズレ。兄貴の中の賢い兄貴は周りの人間を......私を含めて、駒として見ている。でも、そうじゃない部分が、情を捨てきれずにいる。そういう人間なのよ、あの人は」
アランはかつて金獅子の団の英傑の一人だった、ゲイリーが捕まった晩の事を思い出した。あの時、リオは心の底から残念そうだった。あれが演技だったとは到底思えない。ゲイリーだけじゃない。リオが金獅子の団の仲間と接している時、いつだって朗らかで楽しそうだった。そして、何よりもルーナに対する愛情はこの上なく深い物だった。
でも、アランは考えれば考えるほど、たしかにリオの底知れなさを思い出した。いつも笑顔を作るリオだが、どこか冷たい人間のように感じる事があった。具体的にどこと言われると、説明しづらい。
「......本当の......リオ団長ってなんなんですか......」
「うーん、そうね......」
ルーナは考え込んだ。言葉にし難い。リオという男をどう表現すれば良いのか、ルーナ自身長年の付き合いの中、悩んでいた事だった。
「強いて言うなら......気難しい芸術家ってところかしら」
「......? ......」
アランはしばらく待ったが、これ以上ルーナは何か言いそうになかった。
しばらくすると、ルーナは、はあと大きなため息をついた。
「......とにかく、兄貴にとって夢が一番大事。そして、私にとっては兄貴が一番大事。これからも変わらない。変える事はできないでしょうね......」
「......」
「......」
「......あの、ルーナ。......いつの間にか消えたり、しませんよね?」
「はあ? しないわよ。んなこと」
ルーナはアランに目を向けず、ただひたすら眼前に広がる満点の星空を見つめた。そこには、いつもあるはずの物がない。この夜空のどこかにはあるはずだが、わざわざそれを見るために顔を動かそうとは思わない。どうせ、いつものように一人ぽつんと欠けているだけだろうから。
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