85.根拠のない大丈夫

 ......


 ............


 ......随分。昔の夢を見た。


「......うえ、......うええん......っ......」

「もうルーナ泣くなってば」


 いつまでも泣きやまないルーナ。その傍らでは酷く体を損傷したリオが横たわっていた。


 二人は手足を縛られている。


「こんなことでいつまでも泣いてちゃだめだよ」

「だってだって......ううう......」


 ルーナはいっこうに泣きやまない。


 ウロデイルで数ヶ月世話になった商人の屋敷から金品を盗み逃げした二人はガルカト王国へ向かう隊商の荷馬車の一つに忍び込んだ。しかし、うまく忍び込めたと思ったものの、その隊商の商人達はやけに警戒心が高く、見つかってしまったのだ。


 2人の子供が無許可で乗り込んでいて、しかも持ち物はおそらく盗品と思われる金銀財宝。ルーナもリオも荷馬車の物品には手をつける気がなかったが、大人達が2人のことを盗人だと思うのは自然の流れだった。大人達は二人を痛めつけようと手をあげる。


 しかし、リオがルーナをかばった。


「俺がこの馬車に乗ろうって言って無理矢理ルーナを連れ込んだんです! 殴るならルーナの分も俺を殴ってください!」


 大人達はニヤリと笑った。大人達はまず、リオを力の限り殴り続けた。延々と殴り続け、そして、頃合いを見計らって言うのだ。


「どうだ、音をあげたか? 耐えられないなら、今度はエルフを殴るぞ」


 大人達はリオを試して楽しんでいた。殴っては聞いて、殴っては聞いた。リオは大人達が飽きるまで我慢し続けた。結果、リオはもう立てないぐらいに打撲を負った。綺麗な顔立ちも血とあざでぐちゃぐちゃになった。


 大人達はルーナとリオの手足を縛って荷馬車に放り込んだ。


「ガルカトに着いたら、お前たちを衛兵に突き出すからな。知ってるか? ガルカトでは盗みを働いた子供は、手足を切り落とすんだそうだ」


 大人達は残忍な笑みを浮かべた。


 すっかり、ルーナは怯えきった。縛られながらずっと泣いている。


「......っ......だから......だから言ったのよ......! この馬車、なんだか他とは違うって。隣のにしようって。でも、兄貴が大丈夫って言うから......私は......私は......!」

「......悪かったって」

「謝って済む話じゃないわ! 私達これから手足切られちゃうのよ......! 死んじゃうのよ......! ......うえええ......」

「大丈夫、大丈夫だから......」

「大丈夫じゃない!」


 またこれだ。「大丈夫」だ。ルーナが泣きながら怒る。さっきはリオにかばってもらったが、それを感謝する余裕は今のルーナになかった。状況に絶望して泣いて、行き場のない感情をリオにぶつける。だが、リオはずっと大丈夫、大丈夫と言葉を繰り返す。


 ルーナは頭が沸騰しそうだった。

 屋敷から金品を盗んで逃げようと言ったのもリオ。この荷馬車に忍び込もうと言ったのもリオ。まだ彼と出会って数ヶ月だが、いつだってリオが行動して、ルーナが巻き込まれていた。

 その度に、リオの「大丈夫」だ。リオの「大丈夫」は根拠がない。でもルーナはリオの「大丈夫」を聞くと、なぜか心がほっとするのだ。本当にどうしようもない。


 大丈夫、大丈夫。リオは荷馬車の中で永遠にその言葉を紡ぎ続けた。傷だらけの自分の体を顧みず、ひたすらルーナを慰めた。


 それからその後はどうなったんだっけ?

 ああ、そうだ、思い出した。


 その荷馬車は結局不正な貿易取引の馬車だった。それで、途中で兵士達の襲撃に遭った。ルーナとリオは縄を荷馬車の床の木のささくれで切って何とかその場を逃れた。その代わり一文なしにはなってしまったが、命は助かったのだ。


「大丈夫、大丈夫」


 またリオの声が聞こえる気がする。


 ――大丈夫、


 大丈夫、大丈夫、大丈夫......



「......ルーナ、泣いてるの?」


 リオは気づけばそっと口から言葉が出ていた。


 リオが目を開けると、そこはテントの中だった。いつも遠征で野営地に立てる彼のテント。誰かが立ててくれたのだろう。そこに寝かされていた。上半身裸で、斬られた部分に包帯を巻かれていた。見えないが、おそらく傷口を縫われている。

 そして、彼の横にも誰かが横たわっていた。


 ルーナだった。リオはルーナの顔を覗き込んだ。


 ルーナは、裸だった。戦で重傷を負い、丸二日意識を失っていたリオの体を温めるために、裸で添い寝をしていたのだ。


「......兄貴、目が覚めたのね」 


 ルーナはリオに言われて初めて、自分の目が濡れている事に気づいた。慌てて、手で涙を拭う。余程泣き顔を見られたのが気まずかったのか、急いで起き上がった。リオも一緒に起きあがろうとするが、ピリッと電流が走るかのように傷口がいたんだ。「無理しないでよ」とルーナに再び寝かされる。


「ルーナ......」


 リオが何か言いかけるかそれを遮るかのようにルーナが喋った。


「兄貴、丸々二日間寝ていたのよ。みんなが心配していたわ」

「......あの後、どうなったんだ?」


 「あの後」というのは、ネズミ将軍に斬られた時の事だ。リオは斬られた後意識を失って何も覚えていない。


「あれから傷を負った兄貴を馬に乗せてどうにかあの敵将から逃れ無我夢中で逃げたの。兵を多く失ってしまったのが痛手ね」


 ルーナは説明しながらそそくさと服を着ていく。真っ白な肌に無数の過去の戦の傷が散らばっているルーナの背中をリオはじっと見つめた。


「とにかく今回の戦、金獅子の団は撤退する事になったわ。団長がこの様だもの」

「......」

「それじゃ、私は皆に兄貴が起きた事伝えに行くわ。言っとくけど、起き上がらずにゆっくり休んでなさいよ」


 そう言ってルーナはリオと顔を合わせずにテントから出て行った。





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ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます!

前半の回想は「10.貧乏街での自由な暮らし」の冒頭部分の話です!

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