83.『女』でない優越感

 ――2人の若い男女は


 数秒。短くて長い時。


 短くて長い時。


 ......


 やがて二人はゆっくりと唇を話した。


 セーラの目から、ほろりほろりと涙が流れた。


「......あ......」

「すみません。お嫌でしたか......?」

「............あっ......違っ......。慣れていなくて......すごく......嬉しくて......あっ......やだっ......涙......止まらない......」


 それを聞いてリオはにっこりと微笑んだ。


 そして、ゆっくりと目を閉じ、もう一度唇をセーラの唇に近づける。


「ま、待ってください!」


 セーラが思わず叫んだ。


「や、やっぱり慣れていないから......今日は......もう......。どうか......。次は......心の準備をしてから......したいです......」

「......そんなふうに愛らしい顔で言われてしまっては聞かざるを得ませんね」


 リオはふふっと笑った。



「おええ、くっせえセリフ。あいつ口溶けねえのかな」


 ケンタウロスのベンが舌を出す。


「女ってああ言われれば嬉しいもんなのか?」


 ベンが聞いた相手は、さっきから耳が垂れて黙りこくってるルーナだ。


「......私女じゃないからわかんないわよ」


 ルーナは立ち上がり、なにも言わずパーティー会場に帰って行った。


「ちょっと......酷くないですか?」


 アランがベンの脇腹に肘をついた。


「? 何が?」

「ルーナだって......その......リオ団長の事好きじゃないですか......。なのに......もう少しなんかこう......気使ったっていいじゃないですか」


 ベンもヴィクターもめんどくさそうに頭をかく。どうやら2人ともルーナの複雑な心情に気づいてないわけではなかったようだ。


「好きもなにも、そもそもハーフエルフと人間なんて、無理でしょ」

「……え?」

「アラン君、金獅子の団で感覚鈍ってるかもしれないけど、世間様は異種族恋愛を許さない。ましてや、これから王になろうって奴じゃ尚更だ」

「そんな……。ルーナは半分人間なんですよ? 異種族って言えなくないですか?」

「似たようなもんだよ。子供だって産まれないんだし。それに、リオは特別だよ。リオと並び立てない事くらい最初からちゃんルナもわかってるでしょ。あのセーラって子以上にあいつと並び立つ相手なんかいないさ」

「ガハハ! まさに収まる所に収まったって感じだな!」

「で、でも、でも、ルーナだって『戦場の伝説』ですよ?」

「功績と身分じゃ全然違うんだよ。リオは王になる男だ。最初からそういう星の元に生まれた。俺達やちゃんルナとは全然違う」

「でも、でも! 本当はリオ団長だってルーナの事......好きなんじゃないんですか? 少なくとも、誰よりも特別に想っている。......セーラ様よりも。そうでしょ?」

「うーん。そうかもなぁ」

「だ、だったら! それで、今の宙ぶらりんな感じのまま、セーラ様と結婚するなんて悲しくないですか!? ルーナにとっても、勿論セーラ様にとっても」

「うーん......。でも貴族の結婚なんてそんなもんだろ」

「それは......」

「リオの夢にはあの子が必要だ。金獅子の団俺達にとってもな。大体、アラン君、ちゃんルナの事好きなんじゃなかったっけ? こういうの見て、チャンスだって思わないわけ?」

「そ、そんなの......! ......。ルーナの事は......す、好きですけど......、いえ、だからこそ、ルーナには幸せになってほしいんです......」

「でも、リオとの結婚が、ちゃんルナにとっての幸せとは限らないんじゃないー? だってちゃんルナ、じっとしてらんないし、王妃様になってお城暮らしなんて耐えらんないでしょ。勉強とかお稽古とか貴族同士の交流とか絶対無理無理」

「うーん......」



 一刻後、全ての参加者が会場に戻り、盛大な楽曲と共にダンスパーティーはフィナーレを迎えた。


 結局最後まで踊らなかったルーナは食事もなくなり、手持ち無沙汰に広間の端っこの椅子に腰掛けてただぼうっと、ダンスを見ていた。


 中央ではリオとセーラが一段と華々しく踊っている。二人共ダンスの腕前は確かで貴族達の注目の的だった。


 ダンスが終わると、沢山の貴族達が二人を取り囲み、賞賛の言葉を浴びせる。最初は男性の貴族も多かったが、徐々に女性の波に男達が追い立てられていった。女性達はパーティーが終わる前になんとかリオと接点を作りたいのだ。


「レオナルド様、今度また遠征に行かれると伺いました」


 一人が言うと、次々と


「ああん、レオナルド様ぁ〜、もう危険な場所には行かないで下さいまし!」

「遠征など行かず、ずっと私達のおそばにいて下されば良いじゃないですか!」


 リオを引き止める言葉が紡がれる。


 すると、セーラがふと思い立ったのか自身の手にはめていた金の指輪をとる。プレーンのシンプルな指輪だったが黄金の輝きが見事だ。


「レオナルド様......これを受け取っていただけませんか?」

「?」

「『守りの指輪』です。あ......いえ、魔力とか特別な力が備わっているわけではないのですが、......昔、亡くなった母が、人と関わるのが苦手だった私に贈ってくれたものです。何かあっても指輪が守ってくれるようにって」

「! ......そんな大切な物、受け取るわけにはいきません」

「いいえ、どうか持っていて下さい。私の代わりにレオナルド様をお守りできるように。無事に遠征から帰ってきて下さったら、お返しください」 

「......」


 リオは何も言わずにこくりと頷くと、セーラの指輪を受け取った。


「......本当に......本当に......ご無事をお祈りしております......。............。......本当は、私だって、もうレオナルド様に戦に行ってほしくありません。叶うのであれば、本当は......本当は......ずっとお側にいて欲しい」


 その時、ふと、セーラは部屋の隅で待機しているルーナと目があった。セーラの目は潤み、悲痛な色を浮かべていた。


 ルーナは、突然、えも言わぬに襲われた。


 リオにとって最も大切なのは夢だ。


 あの『女』達は、「行かないで」「安全に」と言って、リオから夢を奪おうとする。一方、自分は、たとえリオにとって、なんであろうと__『女』でなかろうと、リオの傍でリオをよく理解しリオの夢を守る事ができる。


 ルーナはむしろ、『女でない』自分を誇らしく感じたのだ。

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