82.リオのキス

 煌びやかなパーティー会場の中、セーラはいまいち人の輪の中に入れず、会場の隅の方でひっそりと立っていた。セーラはやはり人と関わるのが苦手で同年代の貴族達の中に入っていく事ができない。親が他の貴族たちの接待に忙しく一緒にいられないタイミングだと隅の方で手持ち無沙汰に立っていることがあったりする。


 そんな時、どこからかクスクスと小さく笑う声が聞こえる。


「あんなんで王妃様になれるの?」


 貴族の若い女達がセーラの前を通り過ぎていった。

 セーラを見て言ったわけではないが、おそらくは彼女に対して言ったのだろう。それを察するだけの勘はあるのでセーラは俯いた。


 その時、床しかなかった視界の中に、すっと誰かの手の平が入ってきた。


「セーラ様、俺と踊りませんか?」


 セーラが顔を上げると、にっこりと微笑む金髪の青年__リオが立っていた。周りの女性たちが 羨ましそうにセーラをじっと見つめる。


「わ、私なんか、レオナルド様のお相手など務まりません! 他にも素晴らしい方達は沢山いらっしゃいます!」

「貴方だから、良いんですよ」


 リオはセーラの手を掴むと、さっきセーラを嘲笑っていた女性たちを一瞥した。彼女達はぐっと顔歪めた。セーラは頬を紅潮させる。


 その様子を眉根を寄せて見つめる者がいた。第4王子アーサーはセーラとリオが格段に仲良くなっている様子を前に、はらわたが煮えくりかえりそうになっている。


「母上、あれが平民にも関わらず王を目指す不届き者のレオナルドです」


 アーサーの隣には、母親の第二王妃エリザベスが立っていた。


「ですが、ご安心ください。今は目の上のたんこぶですが、所詮ただの平民。今後の王選びでいずれ排除いたします」

「......」

「母上......?」

「あ、ああ......。そうですね......あれが......レオナルド......」

「......?」



 その後、パーティーは大いに盛り上がった。


 英傑たちは付け焼き刃のダンスを披露することになったが、国の英雄として普段最前線で戦っている彼らを嘲笑う貴族はいなかった。それどころか、金獅子の団と踊りたいという女性達が後を絶たず、かわるがわるダンスを踊った。


 だが、ルーナはやはりダンスには参加せず、貴族とも交流せず、ガツガツとごちそうを平らげた。美しいハーフエルフが男の洋装に身を包んでいるだけでも目立つのに更にずっとご飯を食べているばかりで貴族の注目を浴びていたが、特に本人は気にしていないようだった。


「こういう機会にしか、こんな良い物は食べれないんだから、あんたも今のうちに食べときなさいよ、パティ」


 隣に立つパトリシアに言う。パトリシアは何をするでもなく見つめている。


「お腹......裂けちゃう......」


 目はどこか心配そうな眼差しだった。


「裂けないわよ! まだまだいけるわ」


 ダンスが一区切りついたところで、踊り相手の貴婦人と別れたアランがやってきた。


「ルーナ、もうその辺にしてください」

「なんだ? やけ食いかー?」


 ベンやヴィクターもやってきた。ちなみに、グレンは女性達に囲まれて話し込んでいた。


「違うわよ!」

「ちゃんルナ、わかりやすく不貞腐れてないでさ......」


 丁度、その時、リオとセーラが二人きりで会場から外へ出て行くのが見えた。ヴィクターが親指で指さして、意地悪く笑った。


「面白そうなもん、見に行かね?」



 ダンスパーティー会場であるガルカト城の大広間から、外を出て裏側に進むと大きな噴水がある。ダンス会場とは打って変わって、静寂が包み込む。噴水の水面は鏡のように穏やかで月の光が踊っている。あたりはだいぶ冷え込んでいるが、噴水の水が凍るほどではない。


 空気が冷たく、セーラがぶるりと震え上がる。


「もうすっかり寒くなりましたよね」


 そう言って、リオが羽織っていた貴族のコートをセーラに着せた。


「......あの......レオナルド様......」

「何ですか?」

「......25歳おめでとうございます。試練の時、丁度お誕生日だったのですね。先ほど聞いて驚きました」

「ああ、そういえば。ありがとうございます」



 その時、茂みに隠れながら、ベン、ヴィクター、アラン、そしてルーナが 2人の様子を観察していた。


 ルーナが小さく呟く。


「......あれ? 24じゃなかったっけ?」

「ルーナ......」


 アランもまた小さく唇を動かして言った。


「1+1がわかりますか......?」


 アランの股間に大きな大きな衝撃が走った。


「――――ッ」


 アランはギリギリのところでなんとか声を堪えた。



 一方、リオとセーラは会話が続いている。


「すみません、今はまだ何も用意する物がございませんが......」

「何もいりませんよ。お気持ちだけで」

「......お誕生日なんて特別な日、予め言ってくだされば盛大にお祝いましたのに......。それに試練だって1日ぐらいは、先延ばしにできたでしょう」

「まあ俺の誕生日、基本こんな感じですから。戦に出て気づいたら、過ぎてた、みたいな。勿論何人かは祝ってくれるんですけどね。盛大に祝うという事はしたことがないですね」

「......」


 セーラはどこか不満げな表情を浮かべた。


「どうされましたか?」

「......レオナルド様はもう少しご自分を大事にして欲しいです」

「え?」

「お誕生日の事もそうだし、レオナルド様は自分自身の事を後回しにしがちです......。レオナルド様は素晴らしい方だと思いますが、そこだけはどうにも......好きではありません」

「......」

「......」

「......」

「............貴方を想うと、時々、とても......苦しくて苦しくて仕方がなくなる。......なんだか......なんだかまるで夢を見ているみたい。貴方は夢そのもの。とても......美しくて......とても、儚い。泡が弾けるかのようにいつか突然消えてなくなってしまいそう」

「......」


 リオは押し黙り、やがて言った。


「……夢は儚いから美しいんですよ」


 リオは静かに微笑んだ。


「は、はぐらかさないで下さい! 私、真剣なんです! レオナルド様が、試練で迷いの森に行かれたり、遠征に行かれる度に、胸が苦しくて苦しくて……どうにかなってしまいそうなんです」

「……」


 セーラは小さく震えた。これが寒さからでない事はリオもよく分かっていた。


「すみません。貴方の気持ちをもう少し慮るべきでした」

「それは……良いですから、もっとご自分を大切になさってください」

「……ええ、そうするようにします」


 じっとリオとセーラが目を合わせる。


 数秒。

 短くて長い時。


 やがて――――


「......え......あっ......____」


 セーラの頬が紅潮した。


 ――2人の若い男女は、

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