79.ルーナの銀髪は月に似合う
一刻後、あらかたの怪我人を運び終えており、その場は事態が収集されていた。
魔獣に寄生されたエドモンド王子が貴族達が待機しているテントにやってきた。皆が彼の周りに集まった所を、魔獣が本性を現し襲撃した。この出来事のせいで、エドモンド王子はじめ多くの貴族や使用人、護衛兵達が犠牲になってしまった。元老会はこの後も事態の収集に明け暮れることになるだろう。だが今はそれよりも王選びだ。
巨大テントの中央広間に、リオやセーラ、ルーナ、他の貴族の面々が集まっている。試練の主催者__ホビットの貴族が言った。
「今回の件、レオナルド様がすぐに戻って助けてくださった事、誠に感謝いたします。しかしながら、これはルールです。......花を取らずに途中で帰ってくるのは、失格です」
彼は逃げる途中で足をひねったらしく、小さな椅子にちょこんと座って濡れた布で足を冷やしていた。
「そんな......」
セーラーは顔を青くした。
「彼は私たちを助けてくれました!」
「そうだ! 今回も特例という事でもう一度レオナルド殿に機会を与えてくれないだろうか?」
他の貴族たちも反論する。だが難しい顔をして主催者は首を振った。
「そう何度も特例と言っては厳格な王選びができなくなってしまいます。ここは厳しいですが諦めていただくしか......」
「お待ちください」
遮ったのはリオだった。
「花を持ち帰ってないと、私がいつ申し上げましたか?」
「......なに?」
リオはゆっくりと懐の小袋を出し、その中からあるものを取り出す。 貴族達がざわついた。
真っ白に輝く花。それは袋の中で少し形を歪めていたが、確かに白銀の花であった。
「そんな......だってまだ1日どころか、半日だって経っていないぞ......」
「彼らが私を案内してくれたんですよ」
リオが言うと、小袋から何やら小さくて光る何かがポンと飛び出た。人知れずルーナが顔を歪める。
「まあ!」
セーラが目を輝かせた。
現れたのは、小さな
「この森に住む妖精です。彼らのおかげで花の群生地までの道のりをまっすぐに進むことができました。そもそも、彼らの声があったから私は急いで帰ってきたのです。人間の味を気に入った魔獣が興奮している、何かあるかもしれないって」
「そんな......まさか......レオナルド様は妖精の声が聞こえるのですか?」
リオの話を聞いて最も驚いたのは、大司教だった。
「......彼らの声を聞けるものはわずかですが、たしかにおります。私もそうですから......。でも、そんな......」
妖精はにこにこ笑顔でリオの肩に乗った。かなり懐いているようだった。
「仲間以外を嫌う彼らが人間に手を貸すなどありえません」
「兄貴は昔からこうなのよ。どんなに人に懐かない生き物でも皆兄貴には好意を持つ。そういう不思議な力があるの」
ルーナが自分のことのように自慢げに言った。かくいう人間に懐かない生き物代表みたいなルーナも、もしかしたらその不思議な力のおかげでこれほどまでにリオに親しんでるのかもしれない。
「......なんと......」
大司教は驚き、言葉を失う。
「妖精に場所を教えてもらうなんてそんなの反則だ!」
そこに、荒げた声をあげたのはアーサーだった。
しかし、主催者は困ったように首を振った。
「いや、今回のルールは1週間以内に白銀の花を探してこい、というもの。手がかりに水晶の光の反応を見ろと言ったのは助言でした。なので、他にやり方があるのであれば良いと思います」
それを聞いてリオはにっこりと笑顔になった。
「妖精だけではなく、森そのものが私に語りかけてくれました。彼らのおかげで半刻もしない内に見つける事ができました」
「森......ですか......? そんな事があり得るのですか? 大司教」
「......わからぬ......」
大司教は困惑したように俯いた。「そんなこと......聞いた事もない......ただ......彼が本当に......本物の『選ばれし王』ならば......あるいは......」何事かぶつぶつと一人でつぶやいた。
「持っていた『獣避けの石』が何故かこの森の魔獣達には効かず道中かなり手こずりました。あれが効いていればもっと早く帰ってこれたかもしれません」
リオは事もなげに言った。
「......くっ」
苦々しい顔でアーサーは1人顔を歪めた。アーサーは第二王子エドモンドと同じように、リオをなきものにしようと、『獣避けの石』を偽物にすり替えておいた。だが、リオにとっては大した障害ではなかったようだ。
「ですが驚きました。彼らに導かれるがままに進むと、そこは見るからに毒々しい沼でした。迷いましたが沼の中に思い切って飛び込むと、不思議な事に澄んだ空気に満ちた花の群生地が広がっていました。白く、光り輝いていました。それが白銀の花の群生地だったのです。本当に、よくアーサー殿下は3日で探し当てることができましたね。もし水晶の反応だけで探していたら、私だったら最低でも1ヶ月はかかっていたかもしれません。まあ1か月もあの森をうろついていたら流石の私も迷い人になっていたでしょうかね」
リオの赤い瞳を向けられて、アーサーは目をそらした。
「......ひとまず、事情は理解しました」
リオの話が終わると、主催者は貴族達の間で話を進めた。
結果、リオは第二の試練を合格した。
リオはこれをきっかけに今後の試練を受ける機会を与えられた。すなわち、正式な王位継承者候補となったのだった。
*
その日の夜、王都に帰還したルーナとリオは2人で街の石畳の上を歩いていた。途中まで貴族達の馬車に乗せてもらっていたが、貴族達は上級街に向かうので途中の中央街で下りたのだ。
今日はもう夜遅いので、金獅子の団の皆に試練の結果を伝えるのは明日という事にした。試練を突破しためでたい夜だが流石に飲みに行く元気はなく、真っ直ぐ帰宅する。
「じゃあ、私の宿こっちだから」
ルーナはリオと別方向に目を向けた。傭兵たちの中には王都に家や家族を持ったり借りたりする者もいたがそれ以外の荷物の少ない独り身の者などは宿に泊まっていた。リオもルーナも他の傭兵達も、金はあるので家が買えないわけではなかったが、そうしようとは思わない。彼らの家は戦場なのだ。
ちなみに、昔はルーナはよくリオと一緒の宿に泊まったものだが(それどころか、同じ部屋同じベッドで寝ていた)、人の目が気になる年齢になるにつれて王都にいる間は別の宿に泊まるようになった。リオに「部屋は別でもせめて同じ宿に泊まらないか」とよく誘われるが、他の傭兵仲間も大抵リオと一緒に泊まっているので、ルーナには煩わしいのだ。
別れようとした所に、
「ちょっと待って」
リオが声をかける。
ルーナが振り返ると、そっと何かを片耳の上に差し込まれた。白銀の花が、ルーナの銀髪に飾られた。
「この花を見た時から、ずっとこうしたかったんだ。うん、よく似合ってる」
リオは満足気に言った。
「毒沼の底で見た花の群生地はまるで月の光のように銀色に輝いていて美しかった。その光景を見た時ふとお前の銀色の髪が頭に浮かんだんだ」
「......エルフはみんな銀髪よ」
「そうだけどお前は......もしかしたら自分で気づいていないかもしれないけど、お前の髪、ヘンリーや他のエルフ妖精達よりも少し白に近いんだ。他のどの銀髪よりもお前の髪は輝いてる。だからよく月に似合うよ。その花にもよく似合う」
「......」
「セーラを、みんなを守ってくれてありがとうな」
リオはルーナの頭を撫でた。「子供扱いしないで」とルーナは不服そうにするが長い耳は正直に垂れ下がっていた。それを見て、リオはふふっと微笑んだ。
「でも......一番はお前が無事で良かったよ......。だって......」
リオは少しためらうかのように、独り言を呟くかのように言った。
「......ルーナは俺の............大切な........................俺の......」
困ったように微笑んで、リオは最後まで言わなかった。
「......ルーナ、ありがとう」
「なによ。何度も感謝して」
「これは俺からの、ありがとう。お前のお陰でここまで上ってこれた。勿論、傭兵の仲間達や、沢山の応援してくれた人達のお陰でもある。でも、やっぱり、お前が一番、ありがとう、だな。俺はどうしても自分達の手で妖精の国を......美しい世界を作りたい。戦争のない、種族同士がいがみ合う事のない平和な世界を。そのために、俺は上らなければならなかった。それをお前がずっと押し上げてくれた。だから、ありがとう。......ずっと、ずっと......ありがとう」
「......やり遂げたみたいな顔しないで。兄貴の理想を叶えるにはまだ先が長いわ」
「ああ、そうだな。これからもよろしくな、ルーナ」
そう言って、またルーナの頭を撫でた。
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