33.リオという男

 驚く事に、さっきまでの殺気が嘘のように、ルーナもゲイリーもスッと武器を下ろした。


 アランは声のする方を振り返った。


(――――っ!)


 アランは息をのんだ。


『炎の死神ヘンリー』、『断罪のヘイグ』、『狂戦士グレン』、『戦場の鬼ヴィクター』、『破壊の執行者ベン』。


 他の金獅子の団7大英傑達が、今、目の前にいた。


 戦場で化け物のように暴れていた、あの、7大英傑が一堂に会していた。アランは改めて場の空気に圧倒される。


 ――だが、一人だけ、


 金色の髪に燃え盛る炎のような赤い瞳の、人間の青年だ。

 男のアランでさえ、はっとさせられるような美しい容姿。高身長で、細身のアランに比べればはるかに体格が良い。どこかの貴公子なのでは、と思わせる顔立ちに似合わない平民服を着て、剣だけ腰に下げている。これだけ戦場の猛者達に囲まれているのに、人一倍目をひく。


「り、リオ。なんで、ここに......」


 ゲイリーの声のトーンが二段階くらいあがっていた。明らかに動揺している。


「ゲイリー、お前、やりすぎだ。今すぐその人達を解放しろ。それから手当をしてやれ。特にその男はちゃんと医者に連れて行けよ」


 答えたのは金髪の青年だ。


「で、でもよぅ......」

「いいから。これは命令だ」

「......ぐ......」


 ゲイリーは物言いたげに俯いて黙った。


(あの猛獣のようなゲイリーが、大人しくなった......。何者なんだ、あの人は......)


「ゲイリー。俺たちは今回のレウミア城戦で一気に名が広まった。もう俺らはただの荒くれじゃないんだ。こんな事で団の名に傷をつける訳にはいかない。でっかくなるっていうのはそういう事なんだよ」

「......わかったよ」


 ゲイリーは手下達に目配せをした。手下を使って素早く、女達に服を着せ、男を抱えて出ていった。


「それで、ルーナ......」


 リオは次にルーナに振り返った。


「お前、仲間に剣を向けたな......」


 酷く残念そうだ。


「ハッ、仲間? くだらない! 戦場は仲良しこよしする場所じゃないわ。自分に酔った男共が勝手に仲間だのなんだのほざいてるだけよ」


 ルーナは、そう捲し立てながら、酒場から出ていってしまった。


「............俺、子育て失敗しちゃったよー」


 残されたリオは、ぽりぽりと顎をかいた。


「心配しなくていいって。誰にでもああいう時期はあるもんだよ。ほら、なんでも斜に構えて噛みつきたくなっちゃうやつ」


 意外に軽い口調で、『戦場の鬼ヴィクター』が慰めた。ヴィクターは、アランの胸あたりの身長のドワーフだ。狐のように目がつりあがっていて、口周りにたんまりと長いひげが生えている。


 アランは、自分が手持ち無沙汰になっている事に気づいた。

 ルーナとの出会いをきっかけにゲイリーに入団の申し入れをしたのだが、二人ともいなくなってしまった。


「あの......」

「ん? 君は......」


 リオはようやくアランの存在を視認した。


「......あ」


 この時、アランはようやく気づいた。


 これだけ金獅子の団の英傑がそろっているのに、ただ一人、いないとおかしい人物がいるではないか。


 『金獅子』。その言葉が脳裏に浮かんだ時、アランは思い出した。


(リオ......ってもしかして、レオナルド......金獅子の団通称『金獅子』レオナルド団長の事か!............って、若っ__!?)


 汗で背中がびっしょりになり、心臓がバクバクなった。レウミア戦の時は、兜を被っている所しか拝見していなかったので、目の前の若い青年が『金獅子』だとは思わなかった。


「ああ! 貴方はアラン・ド・ディアズ様ですよね?」

「......! お、覚えていらっしゃったのですか......?」

「ええ、勿論。ルーナと共闘して下さったと伺いました」


 リオは気さくな笑顔を向けた。「そんな奴いたっけ?」「さあ」と、他の面々が小声でささやいている。


「先程は見苦しい物をお見せしてしまいました。なんせうちは荒くれの集団。一筋縄では行かなくってね」

「そうなんですか......。......あの、敬語はやめてください。僕はその......もう貴族ではありません。家名を捨てた身です......」


 アランは言いづらそうに、自分の身の上を素直に話した。


「そ、そうですか......いえ、そうなんだ。......色々と大変だったんだね」


 リオも察したらしくアランに同情の眼差しを向ける。


「それで、君は一体何故こんな所にいるの? 表通りの方へ行けばもっと安くて治安良い店なんていくらでもあったろうに」

「......」


 アランは一瞬言葉に詰まった。

 本当は金獅子の団入団の申し入れをしにきた。だが、あんな物を見せられた今、果たして自分はまだ金獅子の団に入りたいのだろうか?


《カッカッカ! 黙りこんだぞこいつ! 誰がお前みたいな雑魚を仲間に引き入れるというんだ!》


 ふいに、あの熊男の言葉が頭にキンッと響く。

 殺される仲間。好きにされる女達。怒りで頭がキンキンと痛み出す。


 ただし、その怒りは敵に向けた物ではない。何もできなかった自分へ向けられた物だった。


《その剣を拾うかどうか、決めるのは私じゃないわ。他の誰でもない。決めるのは、あんたよ》


 その言葉を思い出した時、アランは勢いよく頭を下げた。


「――僕を、金獅子の団に入れてください!」

「......おお。びっくりした」

「どうか、金獅子の団に入れてください! 痩せてるし、強くないし、もう騎士でも貴族でもないけど、......本気なんです! 雑用でもなんでもします! お願いです! 僕を仲間にしてください!」


 頭を下げたまま、上げなかった。


 ――数秒の沈黙。

 アランにとっては、長く感じた。


 やがて、リオは「......ふぅん」とつぶやいた。


「顔をあげてくれ、アラン」


 アランは緊張したまま、ゆっくりと頭を上げた。


「どうやら、君が魅入られた剣は、俺のではないようだ」


 リオは微笑んで、ドアの方へ目配せをした。


「今ならまだ間に合うんじゃないかな?」


 瞬間、リオの意図を理解した。


 アランは顔を輝かせて酒場をとびだした。

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