31.英雄の凱旋

 凱旋。


 騎乗し王都の門を通り抜け進行する戦士達を、新生ガルカト王国の王都ロモントの住民が盛大に歓迎した。祝福と讃えの言葉が空を舞い、音楽と歓喜の歌が響き渡っていた。


「金獅子の団だ!」

「英雄の帰還だぞ!」


 まるで、王騎士団を出迎えるかのようなお祭り騒ぎだが、王都の門を通り抜けるのは一傭兵団だった。


 『金獅子の団』。


 近年数々の武功をあげるも、一年前のノーレナウ要塞攻略戦で大敗を喫し、壊滅したかと思われていた。しかし、レウミア城戦で姿を現し奇跡的な救出劇を披露した。

 

 一時は獣公国の手に落ちたレウミア城。しかし、『赤い鎧』達の奇策によって総大将が死に、軍の統率が乱れ、城門が開門された。入ってきた金獅子の団によって、獣公国の兵達は敗北に追いやられた。まさに奇跡の逆転勝利だった。


 ――この戦いは、ガルカトだけでなく、ルーデル全土に知れ渡り震撼させることになった。


 王都の国民達に出迎えられる金獅子の団の先頭には、金色の鎧をまとった『金獅子』がいた。


 『金獅子』の後ろには、金獅子の団7大英傑の姿もあった。

 『炎の死神ヘンリー』、『断罪のヘイグ』、『狂戦士グレン』、『戦場の鬼ヴィクター』、『破壊の執行者ベン』、『黒き太陽ゲイリー』、そして、『赤い鎧』。


 人ごみに埋もれながら、傭兵団の輝かしい姿を眺める人物がいた。緑髪から生えた猫耳に丸メガネ。獣人の青年、アランだ。


「あれが、金獅子の団。__赤い鎧」


 青年は、何か眩しいものを見るかのように__何か途方もなく手の届かない物を眺めるかのように、目を細めた。幼い頃騎士道物語を母親に読み聞かせてもらった時と同じくらい、今、確かに胸が高鳴っているのを感じていた。


 アランは、今、故郷レウミアを離れ、王都に来ていた。

 レウミア戦は勝利したものの、周りの貴族からのアランへの視線は冷たい物だった。金獅子の団がいなければ__アランやアランの父だけで戦っていたら、今頃おぞましい結末になっていたのだから当然だ。更に、アランの父が、守るべき主君一家を惨殺してしまった事も、一部であるが噂で広まっている。アランは貴族身分を半ば追い立てられるように捨ててしまったのだ。


(......)



 王都の薄暗く狭い路地裏を、アランは歩いていた。暗くて陰湿な空気が漂い、昼間でさえも不安を覚える場所だった。アランは、一軒の酒場の前で立ち止まる。


「......ここか」


 アランは扉に手をかけた。


「そこ、お前さんみたいなお坊ちゃんは入らん方がいいぞ」


 偶然傍を通りかかった男が忠告してきた。アランは会釈だけした。


 キイイッ__と音を立てて酒場に入る。


 酒場は暗く、煙たく、騒々しい雰囲気に包まれていた。古いランプの光だけが静かに部屋を照らしていた。薄暗い空間には酒に酔った客達のざわめき声が響き渡っていた。

 男達はダーツや賭け事に興じ、時には乱闘している者もいた。酒場の奥からは怒号や物が壊れる音、ぶつかる音が聞こえてきた。


 アランは緊張しながら、酒場の奥まで入っていく。時々、男達がちらちらアランを見ていた。顔つきはにやついていて、今にも取って喰われそうだ。


 アランはある人物の前で立ち止まった。


(これが......『黒き太陽ゲイリー』......!)


 アランは目の前の巨躯に圧倒される。レウミア城で戦った熊男と同等、いや、それ以上の大男が大きなマグから酒をぐびぐび飲んでいた。熊男は獣人だったからまだわかるが、目の前のゲイリーという男は人間でこれ程の体格を有しているので驚くべき事だ。

 黒髪に黒い瞳。若そうに見えなくもない。近くには彼の愛武器のモーニングスターが壁に立て掛けられている。ギラついた針先が、何十何百もの戦士達の血を吸ってきたのかと思うと、背筋が凍る。


「なんだぁ? 新しい女連れてきたんか?」

「あの......僕、金獅子の団がここにいると聞いて、参りました」

 

 ゲイリーはぎろりと真っ黒な目をアランに向ける。ゲイリーの獰猛な眼差しは野生の動物に狙われているかのようだった。アランは背筋が凍る感覚を覚えた。今にもここから逃げ出したい気持ちを必死で抑えた。


「あ、あの......僕を......!」

「......はあ?」

「......」

「......」


 ゲイリーは再び、ぐびっと酒を飲み込んだ。


「おっれは......」

「は、はい!」

「おっれは、最強の〜男〜。野蛮な戦場に巻き込まれ〜戦士達の旅路は続く〜ららら〜」

「......」


 ゲイリーは歌を歌い出す。まるでアランの話を聞いていなかった。


「どうかお願いです! 話を聞いてください!」

「ららら〜」


 アランは声をあげて頭を下げた。


「僕は本気なんです! 僕は貴族の身分を捨ててきました! 僕にはもう後がありません! どうか僕を金獅子の団に入れてください!」

「ハッ」


 突然、ゲイリーは寄りかかっていた椅子から立ち上がった。立ち上がると、ますますその体の大きさに圧倒される。


「女はお断りだ! 肌は白いし、体は痩せっぽち。そんな体で鎧着れんのか? ああ? それにその細腕。剣だってまともに振れねえだろ。というか、振った事ねえんじゃねーのか? 手に豆も傷もついてねえじゃねえか」

「う......」


 ゲイリーの言っている事は的を射ていた。アランは騎士として育ったものの、『難攻不落』の都市レウミアにおいて、温室育ちをしていた。普段は剣の稽古よりも書類仕事をこなす時間の方が多く、小戦の時は大抵堅固な城壁の上から悠々と戦いを眺めていた。ごくたまに敵と交戦した時も、絶対的に自分達が勝つ状況だった。


(でも、僕は......あの剣の重さを知ってしまったから......)


 レウミアが敵に占領され、あの絶体絶命の状況で拾い上げた剣は確かに重かった。だが、感じたのは決して重みだけでなかった。アランは胸が熱くなるのを感じた。


「お願いです! 雑務でもなんでもこなします! 僕を金獅子の団に入れてください!」

「だーかーら、女はお断りだって言ってんだろ。それともお前も?」

「お願いです! 僕は女じゃありません! 大体、女はお断りって、じゃああの人はどうなる......」


 アランは途中で言葉がつまった。

 

 ゲイリーが太い指で指した先に、2。一人は人間、一人はアランと同じ猫型の獣人だ。女達は裸にされ体の所々にアザがついており両腕両足を縛られていた。酒場が暗かったせいで今まで気がつかなった。


「――――っ」


 アランはようやくこの場の異常さに気が付く。アランはゆっくりと視線を移す。


 今度は男が倒れていた。男は人間だった。女達よりも酷く身体中に打撲の跡がついていた。拘束されなくても、彼がもはや自力で動けない事は見てとれた。


「な......ん......」

「こいつ、よりによってこの俺様に絡んできたんだ。『たかが傭兵の分際で調子に乗んな』って」


 アランは目の前の衝撃的な光景に、思考が止まる。


「かわいちょうに、女二人侍らせて格好いいとこ見せたかったんでちゅか?」


 ゲイリーは、倒れた男達の内一人の片足を持ち上げた。


「う......ぅああ......やめやめやめっ......あああああああああああッ」


 ボキッ


 鈍い音が響く。酒場に男の悲痛な叫び声がこだました。顔は青ざめ額から汗が滝のように流れ落ち体全体が震えた。


「残念でちゅね。かっこ悪いとこしか見せられないでちゅ」


 周りの酒に酔った男達は嬉しそうに手を叩く。裸にされた女達が悲鳴をあげた。


「そうだ。おい、お前」


 男を地面に叩き落とすと、アランを呼んだ。


「こいつのもう片方の足を折れよ。ちゃんと俺と同じように片手でな。そうしたら入団させてやっていいぞ」

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