海鳴finale

不意に、彼は口を閉じました。

語りに夢中になっている間に、気がつけばもう西の空は珊瑚色です。静寂が辺りを包みます。ひと段落付いたかと思い、わたしがほぅと息を吐きだすと、彼は「満足したか?」と問いかけてきました。

「ええ、とても。ふねの、うた。ふなだまの、うた……優しい歌ですね。だけど……ひどく哀しい歌」

「……そうか。お前はそう思うか」

確かに、哀しい歌でした。ふねの奏でる歌とは、このように悲哀に満ちたものなのでしょうか。それとも、痛みに満ちた時こそ、美しい歌が歌えるのでしょうか。最初の話、次の話で触れられたことも気になります。

「航空母艦の皆さまは歌えないのですね」

「確かにな。瑞鶴の奴はそう言いよったし、加賀も昔は歌えたらしいが。まぁ……あいつらの専門は飛行機じゃからのう」

「?」

「他人に歌うてもろうとる、という事じゃよ」

そう言われてやっと合点がいきました。そうですね、わたしも一緒ですから。可愛い我が子、と言ったら語弊があるでしょうか、に任せっきりです。

「……巨砲の奏でる歌は、それは美しかった。満足に暴れられん砲が、思うように舞えん翼が、まるで悲鳴のように声を出す。それを……俺達は歌と呼んだのじゃろう。彼らの悲鳴を聞かんかったことにしとうて。彼らの涙を、見て見んふりをしとうて」

「……」

「あいつらも、それしか知らんかったんじゃろうな。自らの内に渦巻く、どうしようもなく濁る感情を吐き出す方法を。はは、ひとの形を取っていようとも、ふねはふねじゃ。無機物じゃよ。心も未練も愛も、所詮は真似事にすぎん。俺達もそうだがな」

「貴方達もですか」

「ああ。俺達土地も」

彼の、呉さんの緑青色の目が、どこか遠くを見つめるように細められます。彼のその瞳には何が映っているのでしょうか。いいえ、何が映っていたのでしょうか。

「だがそれでも、ひとの姿を借りる事は止められん。俺達は……ひとを愛しとるけぇ……お前達ふねもそうじゃないのか?」

「……そう、ですかね。そうですね」

いけないいけない、ちょっぴり歯切れが悪くなってしまいました。変に勘繰られても困りますけどね。バレないように笑えたでしょうか。


「……なぁ、お前は歌うてみたいと思うか?」

自分の表情に気を取られていると、不意に呉さんがそう訊いてきました。

「それは……難しいですねぇ……? わたしに砲はありませんし」

「まぁ確かに」

「護衛“される”艦とはよく言ったものですよ。それに、」

わたしはちょっと調子を整えたくて、ここで一度言葉を止めました。ゆっくり立ち上がって、呉さんの前に廻ります。『わたし』が、わたしの背景になるように。深いドック、高いクレーン、そして『わたし』の上で動き回る沢山のひと。それら全てが、わたしと重なるように。


「『わたし』達は争うふねではありません。護るふねです。哀しい歌なんか歌いませんし、歌わせませんよ。そのために『わたし』達は存在するのですから」


そう言って微笑むと、呉さんは少しきょとんとしました。しかしそれも束の間、ふわりと表情を緩めます。

「……そうか。お前達は偉いな」

「ふふ、どうでしょう」

その言葉を受けて、わたしはちらりと『わたし』を振り返ります。相も変わらずのっぺりとした全通甲板です。砲なんて望むべくもないほど無防備なからだ。与えられているのは“184”の艦番号と、“かが”という名前だけ。だけど、これがわたしというものでしょう。

「……わたしもいつか、無い喉を絞って歌う日が来るのでしょうか。この海に、ふなだまのうたが戻ってくることはあるのでしょうか」

「それは……分からんな」

「ええ、分かりません」

「だからこそ俺は、この海が、お前達に優しくあることをただ祈るばかりじゃよ」

くしゃ、と頭を撫でられました。せっかく編んである髪が乱れるので、普段はやめてほしい事なのですが、今はなぜだか心地よく感じます。まるで、そうこれは、親の愛とでも言うべきものの様な……いえ、親なんかいませんけど。強いて言えば造船所が親なのですかね。

「そうですか。わたし達も常に、この海があなた達に優しい事を祈っています」

「うん。ありがとう」

呉さんの緑青色の瞳が、優しく細められます。そして彼は口を開きます。ちょうど、あの話で聞いた言葉のように。そしてそれは、わたし達ふねにとって、きっと一番嬉しい言葉です。

「頑張れよ。皆、お前達の幸せを祈っている。


――お前達の航路に、幸多からんことを」

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徒歌といくさぶね かやぶき @thatched

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