4章:喜多島穣⑪

「――勇魚、少し良いか?」

 穣の容態、暴漢に関する調査報告。それらを聞き終え、穣の病室へ戻る勇魚を、豊海が呼び留める。渋々といった様子で、勇魚は父の後ろへ続く。

 穣の病室からそこそこに離れたところまで来て、痺れを切らした勇魚が声を上げた。

「何だよ、まだやることがあるんだ」

「……そうだな。単刀直入に言おう」

 豊海が振り返る。そして

「勇魚。彼女とのバディを解消するんだ」

「――――は?」

 一瞬の後、勇魚は腹の底に静かな熱が滾る。

「お前が彼女を、特別視しているのは分かる。私も、彼女は善い子だと思っていた。今日までは」

 疎まれ続けてきた自覚こそあれど、今日ほど明確に息子から敵意を向けられたこともない。しかし豊海も怯まない。

「私は仕事柄、それなりに多種多様な人間を見てきた。その経験から見て彼女は、……異常だ」

 敢えて言葉を選ばず言い切った。殴り掛かられることも覚悟の上で。しかしそうはならなかった。

「知ってるよ。千尋さんと俺は、田所医師せんせいから聞かされてる」

 そのときに田所医師からも、解消を提案された。

「なぜ黙っていた?お前がわざわざ関わることじゃない!」

「俺がそうしたいと思っただけだ」

「お前は障害・疾患ハンデを舐めて考え過ぎだ!介助者がどれだけのリスクを負うか分かっていない!」

「そうやって、母さんのことも切り捨てたのか?」

「――っ!違う!私は静香を縛りたくなかっただけで――」

「――俺は手元に残したのにか?」

「…………っ」

 豊海の言葉に嘘はない。妻の人生を優先したことも、のために勇魚の親権を握ったことも。そのいずれも。

「それに」

 怒りは静かなまま、しかしそれが豊海に直接ぶつけられることはない。

「その為のバディだろ」

「…………っ」

 止めと言わんばかりに、勇魚はそう、静かに突き付ける。

「アンタから解放されたくて、俺は打算でバディになった。でも、アイツのバディでいたいと思ったのは俺の意思だ」

 豊海の言葉を待たずして、勇魚は踵を返す。

「待て、まだ――」

 出掛かった足を、勇魚は不意に止める。しかしそれは呼び止められたからではなく

「アイツのこと良い奴だって思ったんだろ?だったらそれで良いんじゃないか?」

 そして彼はさっさと、穣の病室へ向かっていった。

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