4章:喜多島穣➁

「――――で?」

「……で?」

「どうだったの?」

 唐突に、彩崎さんが尋ねてきた。

 アレから何日も経っていない。彩崎さんの声音や表情はまるで、その日あったことを見透かしているようだった。

「なんの、ことでしょうか……?」

「あの子と何かあったんでしょう?発情期に」

「……何のことでしょうか?」

「逆になんで誤魔化せると思ってるの?」

 アンタラの経験したことなんて殆ど経験済みですけど?

 この人にだけは知られたくなかったのだが、経験者相手に隠し切るなどやはり無理があったのだろうか。

「すみません」

 直視出来ない。目がこわい。

「勇魚さ、どんなだった?」

「どんな、といいますと?」

 まさかアレのことではあるまい。大きさがどうとか。

 ……大きかったと、朧気ながらに記憶にある、だけだ。

 そんなことを考えていると、肩越しに感じていた気配が弱くなった。

「私のときは、いつも通りだった。ちょっと焦ってるくらいで、雄!って感じには全然ならなくて」

 彩崎さんも薬を飲み損なったことがあるということだろうか。

「安心したのも勿論あったけど、ちょっとショックでもあった。そのときから勇魚にならって思ってたし、女としてって」

 彩崎さんさんの表情がふと陰った。しかし次の瞬間にはいつもの『強さ』を取り戻した。

「――だから嫉妬がさ!エグいワケよ!あんなあからさまに気ぃ使ってさ!」

 だったら余計に聞かない方が良いのでは。とも思ったが聞くまで納得出来ないこともあることは自分にも分る。それがどれ程、思い通りではなかったとしても。

「えーと、ですね……」

 とは言っても、答えなくてはならないのだろうか。あのことは。いざ言葉にしようと思うと、かなり恥ずかしい。

「そんなに、変わらなかったと思います。普段と」

「…………」

 うそじゃないもん

「て、手で、していただきました」

「…………」

 まだ納得されていない。

「服越しにあの、あそこを、ぐ、りぐり……」

 はずい。

「――で、アンタは?」

「されるがままというか、逃げられないように捕まってたというか……」

「抱かれてたってこと?」

「あの…………はい」

「見たの?」

「な、何をですか?」

「勇魚のち――」

「見てないです!」

 顔が熱い。爆発するんじゃないかと思った。

「……そう」

 残念がっているのか、つまらないと思ったのか、彩崎さんはそう呟いた。

「はぁーーーーーーーー……」

 そして盛大にため息。

 風船が萎むように背中を丸めて

 かと思えば、ばっと髪がなびくほどに速く頭を上げる。強い意志の光を灯した目を向けられる。

「負けないから」

「……はい」

 何に、とは聞けなかった。

「私には幼馴染みで、許嫁っていうアドバンテージがあるから!」

 ああ、成程。

「はい。自分に多分、何もお手伝い出来ないと思いますが、応援してます」

「……」

 彩崎さんの目から熱が抜けていくのが感じられた。

 ようやく分かってくださったということだろうか。

「なにそれ」

 少し冷たく感じる声だった。いつも通りの彩崎さんだ。

「思ってたんです。初めてお二人が並んでるのを見たときから、絵になるなって」

「――いや違う。そうじゃなくて」

 少し焦った様子で

「私は勇魚のことが好きなの!」

「――?はい。存じ上げてます」

「だけど勇魚は――」

 頬を少し赤くして、彩崎さんはまくしたて、しかし不意に止まる。停止ボタンでも押したように唐突に。

「……アンタは、勇魚のこと、どう思ってるの?」

 そしてそう尋ねられる。呆れてため息を吐かれたようにも思われた。一方で取り調べのような重みも感じられた。

「里安君は良い人です」

「――――……」

 ただ思っていることを伝えた。そう、良い人だ。先輩も。彩崎さんも、里安君も、みんな良い人だ。

「…………そう」

「?」

 また何か、自分は間違えてしまったんだろうか。彩崎さんの反応は思わしくない。

「そうよ。勇魚は良い男よ」

「はい」

 それは二人にとって当たり前の事実だった。

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