三章:秘匿 独占 ひとりじめ⑥

「みの、り……」

 いつもの顔をほんの僅かに怪訝で曇らせた顔。それが、数瞬の間を置いてみるみるうちに赤くなっていった。

「――っ悪い。にそろそろだって、田所先生から。……なんか、あったんじゃないかって」

 こちらを見ないようにそっぽを向く。耳が赤くなっているのが見えた。

 やめて。そんな反応は。今だけはしないで。

 そして里安君は壁に掛かっているカレンダーに気付いた。携帯端末とを見比べ、小さく息を吐く。

「――薬は?」

「っの、飲んだ。さっき、飲み、ました……っ!」

 声が上擦っている。胸が、苦しい。のに、不快に思えない。

 おかしい。さっきから。

 里安君の顔、見てから。

 縋り付きたい。――違う。もっと、単純で、汚い――

「大丈夫、って聞くべきじゃないな。どうすればいい?俺に――」

「出て――出ていって……っ!ください……っ!」

 今にも何かが壊れてしまいそうだった。崩れる、とは違う。心臓が、胸を破って出てきそうな

 こんな自分よりもずっと綺麗で、貪欲で、素直で、真っ直ぐに笑える

 理想の、なりたかった、可愛い女の子が

 羽化してしまいそうな

 里安君がこちらを振り返る。そう予感した瞬間には叫んでいた。嫌われてもいい。

 寧ろ、嫌われていい。

「穣……」

「薬、飲んで、まだ、時間……、ふぇ、ろモンっ、出、だから、ぁ……っ!」

 顔を必死に隠す。上擦ったままの声は、泣いているというよりも、甘い、鳴き声のようで。

 逃げる。距離を取る。それがどれほどの意味も無いことなど、考えていられなかった。

 畳が小さく軋む。足音が慎重に近付いてくる。

 部屋の隅まで、すぐに追い詰められた。近付いてきている足音は、いつの間にか心臓の音に掻き消されていた。

「…………っ!」

 腕が掴まれる。ごつごつした、男の人の手に。

 いとも容易く、まるでそれを望んでいたように、腕は顔の前から引き剥がされて

 すぐ近くに、里安君の顔があった。

「――ぁ」

 鋭い眼光。真剣に細められたそれに、自分の中の何かが壊れていく。

「来、ないで、入って、こないで、お、れの中に、入って、こないで……っ!」

「穣」

「――――っ」

 低い静かな声が鼓膜を撫でる。こちらをじっと見つめてくる目に呼吸が止まる。

「大丈夫だ」

 超えてはいけない一線を、許してしまったと思った。

「俺がいる」

 多分もう手遅れだったんだと思う。或いは、里安君と二人で夕飯の準備をしていたときから。

 壊れてしまいそうだったものが、その一言できっと壊れた。

 だから、あとはただ、崩れ落ちるだけ。

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