三章:秘匿 独占 ひとりじめ➁

 小さい頃、先ず「きかんしゃトーマス」に憧れた。その次に「ゲゲゲの鬼太郎」の妖怪達。その次に「ゾイド」

 そして今一番ホットなのが、仮面ライダーの怪人。

 最初はただ格好良かったから。だから好きになって、子どもの夢として、なりたいと思ったんだと、考えていた。

 トーマスのあたりは本当にそうだったんだと思う。

 最近になって気付いたことが二つ。

 一つは今も変わらず憧れていること。声優だ、小説家だと騙ってみても、本心はずっとそこにある。

 もう一つは、憧れているものにが一人も含まれていなかったということ。

 自分はずっと、人間以外の何かに憧れて、人間以外の何かになりたいと思っている。寧ろそここそが、自分の居るべき場所だと、思えて仕方がない。

 生き苦しさが先か。憧れが先か。

 どちらであろうと、どうでもいいことだとは思う。

 どちらであろうと、分かろうと

 この息苦しさは拭えない。

 この憧れがそうであるように、誰かと共有出来ることは、きっとないのだから。

……………………

…………

……

「――で、  が  で、もぉ~~~~って!」

「あー、まぁアレははなぁ、ふつーに  るよなー」

「うん。――あーそういえば……」

「…………」

 推しについて熱く語る山中さん。同じ机を囲む面子がそれに銘々反応を示す。自分はそれをただ聞いている。

 ぼっちめしはやっぱり気楽だ。

 屋上へ通じる階段の踊り場。自分が座る半径約二メートルは、今この間だけは自分だけの世界。

 誰にも接触しなくていい。誰にも気を遣わなくていい。

 今を寂しいとは感じない。寧ろ

「――そう!さっすがはんちゃん!わかっとおわー」

「ふふ、うん。知ってる」

 賑々しさも、かしましさも、一歩引いてところから見聞きしているくらいが、自分には丁度良い。

 寧ろその場に居る方が、ずっと寂しいと感じる。

「……ごちそうさまでした」

 手を合わせ、小さく呟く。ランチバッグを片手に階段を降りていく。

 賑々しさに押されるように、足はより静かな方へ。

 実習の無い日は、午後の授業までの時間を図書室で過ごすことが日課になっていた。

 今日もいつもと同じ、他に利用者は殆どおらず、職員さんにも一瞥されるのみに留まる。

 頻繁に訪れるようになって分かったこと。小説の棚には思いの外新しいものが多い。勿論、日に焼けた古書の方が圧倒的に多いのだが。

 そして最近はもっぱら、そちらに手を伸ばすことが多い。

 適当な一冊を手に取る。開けば古書特有の匂いが広がった。

 当時独特の文字列に目を走らせていると

「――今日は何読んでんの?」

 すっかり耳に馴染んだ、中性的な声が頭に掛かる。

「…………です」

 表紙を見せると、視界の端に鼻筋の通った横顔が降りてくる。

「いん……かげれい……なに?」

「『陰翳礼讃いんえいらいさん』です」

「へぇ、今日はラノベやないん?」

「はい。これの写真集?みたいなのを見付けて」

「で、元がどんなか気になったって?」

「はい」

「……、…………めんどそうな人やな」

 山本センセみたい。

「……、ですね」

 先輩の言う通り、陰翳礼讃から受ける谷崎潤一郎の印象は「めんどくさいおじさん」だ。

「写真集だと印象変わりますよ」

「……おっさんの?」

「いえ、日本家屋とか庭園の」

「あー、そういう。――好きよな。そういうん」

「あ、ははは……」

「あーそうそう」

 先輩は思い出したように、カバーの掛かった文庫本を差し出してきた。

「これ――確かにまんまアニメになったって感じやね」

 良かった。飄々としてどこか掴みどころのない先輩の声が、このときはふと、柔らかく感じられた。

「あ、ありがとうございます」

「――写真集って、また借りられたりする?」

「……?」

 ほんの僅かな間は、考えていた時間だったのだろうか。先輩は開かれたまま一頁も進んでいない『陰翳礼讃』を指して尋ねてくる。

 何時ものことながら、先輩の意図を測りかねた。

「――は、はい!……じゃあ、明日にでも」

 それでも首を縦に振ってしまう。先輩だからではなく、恐いわけでもなく、きっともっと、別の理由で。

「あはは、うん。楽しみにしてる」

 黒崎先輩。名前は確か、ハルカ。食品化学科の三年生。

 中性的に整った面立ちとモデルのような均整の取れた体。明るい茶髪から、否応なしに人の目を集める。

 一方で、女子の会話からは先輩に関する恋愛がらみの話が上がることは稀だ。

 男女問わず人気な先輩は、時折一人になるために、人気のない場所を訪れるらしい。

 そして自分はそこに居た。

 話しかけられて以降、なんとなく今に至る。

 緊張は拭い切れなくても、一緒に居ることに「しんどい」以外を強く感じさせてくれる。先輩はあくまで「こういうひと」だ。

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