三章:秘匿 独占 ひとりじめ①

 あれから、食事がある程度、に喉を通るようになった。

 体調は落ち着いてきたと思う。

「…………」

 カレンダーには印が付いている。

 多少ずれはしただろうが、その日は着実に近付いて来ていた。


「――なんか、すげぇよな。喜多島って」

 体育の授業中、女子の体力測定を眺めていた太田がふと、感心したように呟いた。

「あの身長だろ?ほせーし、あの体のどこにあんだけの力が入ってんのかな」

 釣られてみた先では持久走が行われていた。その中の先頭グループのさらに前の方に、白い頭を見留る。

「まぁ、そうだな」

 誰よりも小さな体で、穣は運動部員よりも速く、そして格好良く走っていた。

「好きなんだろう。走るの」

そう一言、なんとなくだが、言っておきたかった。

「やっぱそうなんか」

 よこから地主が話に入ってくる。

「やっぱって?」

「噂?だけど、一年のときにセンセ――藤田先生、陸上部の顧問やろ?に、陸上部にスカウトされたんやって」

「……マジ?」

「あー、そういえば」

 太田が得心したように頷く。

「去年の持久走も成績良かったっけ、喜多島」

「うん」

 俺の知らない穣の話が、二人の口から出てくることに、何とも言い難い心地になる。

「バイトしてたって聞いてるけど、じゃあ、結局入らなかったってことか?」

「多分、そうなんやろーな」

 そこで集合の号令が掛かる。

 コースを一周してきた穣が近くを通りかかった。

「…………」

 その姿をただ見ていた。野生動物を彷彿とさせる、見入ってしまうその姿を。

 当時の写真を見せてもらったことはない。この学校には俺の知らない彼女が居た。

 ふとした拍子にその一端に触れる。そのとき決まって嬉しさよりも、言葉にし難いもやもやが、胸を割合大きく埋める。

 それを自覚する度にまた、何とも言えない心地になる。

 狭量、なのだろうか。俺は。

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