第二章:不揃いの歯車 或いは棘を持たない獣④

 一悶着の後、翌日の予定を確認。その後はお互いとくに何があるわけでもなく、なんとなく、一旦自室へ戻ることに。

「……えと、おやすみ、なさい……?く、くろ……さん」

「っ!おう、おやすみ。っても、まだ寝ないけどな」

 まだ馴れないのはお互い様で、里安君は何とも言えない顔をしていた。

 後ろ手で襖を閉める。閉め切られた部屋には、春先のまだ冷たい空気が畳の匂いを纏って横たわっている。

 自分はどんな顔をしているんだろう。

 遠く、電車の走る音がした。

 カーテンの掛かっていない窓硝子。夜闇に染め上げられたそれは、昼間よりもよりはっきりと、鏡のように室内を映している。

 そこに居る、自分のにやけた顔さえも。

 思い出せと叱咤するように。

 克明に。

 その相貌に、かつての自分の顔が重なる。

 世界で一番嫌いな自分の、一番嫌いな笑った顔が。

「――――」

 胃の中で何かが蠢く。白菜か。豚肉か。米か。

 そのいずれとも異なる何かか。

 静かに、速やかに、襖を開ける。

 足音を殺して、一階のトイレへ滑り込んだ。

「――――っぉぇ…………っ!」

 吐き出す。吐き出せるだけ。全部。ぜんぶ。

 分かっているつもりだったのに。

 何も変わっていないと。

 汚い。

 醜い。

 吐瀉物の水面が映す、現実。

 死にたい。

 その言葉さえも吐き出してしまえば、そのままレバーを捻ってしまえば、楽になれただろうか。

 その言葉はただずっと、胸の中で木霊しているだけで。

 消臭剤を二度スプレーして、同じように静かに速やかに部屋へ戻った。

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