現実に重なった理想は、喜びなど生む筈もなく ――5
三泊四日の合宿も終わり、一か月に及ぶ入院生活からも解放された三月の初め、自分の外出許可を取り付け、喜多島家は久々の外食に繰り出していた。
祖父の強い意向で、焼肉に決まった。
「…………」
賑々しい店内を眺める自分の中にある感情が、自分にもよく分からない。
ただ、このような場にはおよそ似つかわしくないものだということだけは分かっていて
そんなものを持っている自分もまた、この場には似つかわしくない。
「――
「うん」
母が指したメニュー欄には確かにユッケが書かれていた。ただ、食べられるんだとしか思えなかった。
それよりも目に付くのは一品ごとの値段で、湧き上がったもやもやが胃を満たしていくような心地は、やっぱり来たくなかったんだと、自分の気持ちを再確認させてくる。
「おう、頼み頼み!
祖父が笑う。頭の中で何かが軋む音がした。
帰りたい。改めてそう思った。
誰のために、何故、ここへ来たのか、分かっていないのは自分だけなんだろうか。
ここには誰が居るように見えているんだろう、と。賑やかな場所に居ると、ふと考える。
そんなときは、色んなものを遠くに感じられる。
まるでテレビを見ているような、窓の外から眺めているような。
「もうええの?ええ!遠慮なんかせんでええのに」
「ちょっと、トイレ、行ってきます」
「……うん、――あ、アイスいる?」
「――ううん。うちにあったやんね。それ食べたいから」
危なげなく女子トイレに入って、鍵を閉める。
「ぉぇぇ……っ!」
込み上げる胃の中身と吐き気。静かに、しずかに先程食べたものを、胃が、気持ちが軽くなるまで出した。
便器の中にはまだ形を残した米粒とネギが浮いている。申し訳なさが吐き気を水増しした。
気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い
全然すっきりできない。
なんでこんなに、上手く出来ないんだろう。
もやもやしたこの胸も
便座に縋り付いている自分さえ
どこか遠い。
じかん
時間。
「…………」
早く戻らないと。
立ち上がって、手を合わせて、頭を下げてレバーを捻る。
鏡に映った自分は、思いの外なんでもない顔をしていた。
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