第5話 砂糖の賞味期限

さすがにハート型のチョコはバレるかな。


わたしは、チョコレート型を見ながら迷っていた。軽い気持ちでチョコレート型を買ったはいいものの、型の形が丸や四角の他にハートまである。便箋まで用意してしまった。

うっかり気があると思われたら、今の関係が変わってしまうかもしれない。


いや…たぶん大丈夫。バレンタインに便乗して渡すんだから。これはあくまで、一人の支援者が一人の政治家に渡す義理チョコなんだから。ハートもきっとバレンタインの雰囲気に流されてくれるにちがいない。手紙はさやさんにプレゼントをする時いつも添えているし。


わたしはチョコレートを湯せんして、型に注いだ。そして、切った果物にもかけた。

もちろん信頼出来る農家さんやお医者さんの通販とかの、全部安全な材料を買ってある。ちょっと高かったけど、わたしやさやさんの体のためと思ったら安い。

わたしは箱にチョコを詰め終わると、箱に手紙を付けて、リボンをかけた。


「さやさん、こんにちは!」

「ももさん、こんにちは。いつもありがとうございます。」

今日ばかりは、チョコの入った袋をすぐには渡せなかった。あくまで義理チョコだけど、本命チョコみたいになっていた。


日が沈んだころにはビラは全部なくなっていた。ビルに明かりが光っている。


「あの、」

「なんですか?」

「これ、手作りです!」

「え、もしかしてチョコですか?ありがとうございます!」

「砂糖は無漂白で、果物は北海道の無農薬で土も食べられるくらい安全なやつです!」「もちろん全部無添加ですよ!」

「なるほど、素敵ですね!」

「よければ食べてください!」

「ありがとうございます。大事に食べますね。」


渡せた。よかった。


わたしは誰もいない家のドアを開けた。そしてソファーに座り、スマホをつけた。今頃、さやさんはチョコを食べて、手紙を読んでいるんだろうか。

「今日も街頭活動ありがとうございました。バレンタインデーということで、沢山の方にビラを受け取っていただきました。支援者の方からチョコレートとお手紙も貰いました。ありがとうございます。美味しかったです。」

そして、わたしのことをまた思い出してくれたんだろうか。



「さやさんへ 寒い日が続きますが、お元気ですか。私はこの前シェディングで体調を崩しましたが…」

ザラザラしてるな。テンパリングに失敗したのだろう。

私は口直しにコーヒーを注ぎ、白砂糖を入れた。漂白剤ではなくショ糖で白くなった砂糖だ。

中に入ってた果物は美味しかった。この農家、エキノコックスに罹ってないと良いのだが。


「…ウイルスやワクチンを巡るデマは、未だに蔓延しています…」

テレビの音が聞こえる。感染症はいつか終わる。

でも、新たな敵と戦えば、また私は「救世主」でいられる。

たとえその敵が本当は居なかったとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る