第57話 不倶戴天と、不退転――②

 間もなく日の出を迎えようとしている、ラインフォード邸の中庭――


 その中庭の様子がよく見える、とある建物の入り口にある段差に、マシューとデミトリーが、並んで座っている。

 中庭では、何人もの冒険者が働いている――彼らは、後片付けをしているのだ。

 魔法を使って、飛び散った血痕を除去している者、破壊された噴水の周りの妖精の像を何とか修復しようとしている者……

 その中でも目立つのは、デミトリー親衛隊、ダッダリア冒険者ギルド職員の、獣人の娘たちの姿だ。

 彼女たちは、散らばっている何かを拾って、麻と思しき材質でできた袋に詰めている。袋のいくつかには、赤い、血の滲みがある。

 中庭で、マシューがバラバラにした、リビング・デッドの肉片を回収しているのである。

「悪いな、君たちにこんな仕事をさせちまって」

 マシュー、切断された、明らかに人間の腕と分かる物を拾い上げたネココに声をかける。

「いいんですよ、勇者さま……祖先の記憶って奴ですかね? あたしたち、こういうの全然平気なんです」

 何食わぬ顔でその腕を麻袋に入れる。

「でもあのたちはそうじゃないですけどね~」

 オオカミコが続けて言って、立てた親指で方向を示すと、他の建物の物陰で、ウサギコやウマコやヒツジコが、震えながらネココたちを見ている。

 よく見ると、肉片の回収作業に携わっているのは、猫、狼、虎……といった肉食動物の獣人の女の子だけだった。


 ギルド職員と冒険者たちが作業を続ける中、マシュー、傍らのデミトリーに言う。

「ギルマス……頼みがある」

「何だ?」

「あいつらだけど……他の人たちには、敵と勇敢に戦って死んだと伝えて欲しい。命をかけて、ラインフォード家の人たちと財産を守ったって……」

「……分かった。そのように記録にも残しておこう」

「それから、もし誰かのご遺族に会ったなら……ダッダリアの勇者マシュー・クロムハートが、その強さと、戦いっぷりを賞賛していたとも、付け加えてくれないか」

「ああ……それがほんの少しでも、残された者の慰めになればよいな……『六杯の火酒』も『鋼の紅蜘蛛べにくも』も、いい奴らだった……真の冒険者精神を持った、いい奴らだった」


 デミトリーは、冒険者ギルドの食堂兼酒場での、在りし日の彼らの様子を思い出していた。


 一仕事終えたあとであろうか。卓に山ほどの料理を置いて、『六杯の火酒』のメンバー、いかにも酒好きらしく、エールの入った木製ジョッキを片手に盛り上がっている。ネココやウマコと肩を組んで盛り上がっている男たちもいる。愛嬌のある顔のリーダーのラティスはじめ、皆、笑顔、笑顔、笑顔――


 『鋼の紅蜘蛛べにくも』の剣士、白魔道士の女にペンダントをプレゼント。真っ赤になって照れる剣士、戸惑ったような、でもどこか嬉しそうな表情を見せる白魔道士。その様子を、姉のような、はたまた母のような優しい視線で見ているお頭の女と、その横の大男。で、周りではウサギコやオオカミコらがはやし立てている――


「俺は許さんぞ」

 デミトリーの回想を遮るように、マシューが呟いた。

「あいつら、たくさんの人を殺して、そのうえ死体をオモチャにしやがって……この国にどんな不満を持ってるか知らねえが、こんなふざけた真似をする連中は、断じて許せねぇ!」

 『独立幻魔団』を潰さなければ――

 元々、彼らはアスーロとタミーを標的にしていた。

 『葬夜ソウヤ』の捨て台詞からすると、今回めでたく自分も標的入りしたわけだが、そうなると、シャーリーやカシームにも危害が及ぶ可能性は大だ。

 そして、この組織が存在する限り、いつ自分が魔人にされるか分からない――

 だが、マシューには、今、それらだけではない、彼らと戦うべき理由が生まれていた。

「同感だ」

 デミトリーが答える。

「今、我々が回収している、遺体とスケルトンの残骸は、冒険者ギルドでSランクの魔道士に調べさせるつもりだ。もしかしたら何らかの魔力の痕跡が見つかって、そこから、術をかけた相手につながる手掛かりが、見つかるかもしれない。何か分かったら、マシュー、君にも知らせるよ」

「頼む」

 言って、マシューとデミトリー、ガッと、拳と拳を突き合わせた(いわゆるグータッチである)。


  ◇◇◇


 事態はひとまず収束した。現在、皆は何をやっているのかというと――


 拠点アジト内。

 毒の影響でベッドに寝ているカシームは、ミラにえらい剣幕で怒られ、ちょっとしおれた顔をしている。その側では、キャロルがお尻を押さえて赤い顔をしており、やれやれという表情でジーノとルークスがそれを見ている。

 どうやらカシームが、近くを通りすぎようとしたキャロルのお尻をなでるという、現代日本では一発アウトのセクハラ行為をしたようだ。

 全く、この男につける薬はないものか?


 同じく拠点アジト内の、タミーの部屋。

 目覚めた彼女(ちなみに寝間着姿になっている)が、側にいたアスーロに、泣きながらがばっと抱きついている。

 アスーロは、ちょっと困ったような顔で微笑んでいる。

 ベッドの周りにいるビートとレックスが、アスーロをはやし立てている。きっと「よっ、若旦那!」と言っているに違いない。


 そして、シャーリーは――

 一人、マシューとともに元『鋼の紅蜘蛛べにくも』のリビング・デッドと戦った、木立のところにいた。

 戦いの途中で落としてしまい、地面に転がっていた二本の湾刀を拾い上げ、鞘に収める。

 白み始めた空の下、その表情は極めて硬い。

(……やっぱり、あの日以来、マシューおかしい……おかしすぎる!) 

 マシューが『スプリング』を、もはや狂暴と言ってもよい様子で、殴りつけているシーンがフラッシュバックする。

(単に人が変わったとかいうレベルじゃないよ……何か違う、重大なことが起きてる! マシュー、あたし、知りたい……あなたに一体、何があったの? あたしの知らない、何を抱えているの!?)

 シャーリーは、夜明けの空を見上げた。その黒髪を、一陣の風が、さっとなでた。


  ◇◇◇


 同じ風が、マシューの金色の長い髪をなでていた。

 今はデミトリーと別れ、中庭に一人、佇んでいる。その遠くでは、まだ作業している人影がちらほらと見える。

(結局、分かったのは『滅日ホロビ』という名前だけか……)

 朝日が、昇った。

 中庭の周辺の建物や、壊れた妖精の像の中心にある噴水が照らされていく。

 マシューの姿も、朝日を受けて――長い影ができた。

 その朝日に向かって、マシュー――

「せいやあっ!」

 裂帛の気合いとともに、何もない空間を――まだ知らない何者かの影をイメージして、居合抜きで斬った。

(待っていろ『滅日ホロビ』……俺は必ず、お前にたどり着いてみせる。そして必ず、この剣でお前を斬るっ!!)


 ダッダリアの勇者と、反政府組織の長――互いに相容れぬ立場の二人の男の、決して引くことのできない戦いは、ここに、その幕を開けた。


  ◇◇◇


 『独立幻魔団』の一味が現れた!

 どうしますか?

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 ――There is no alternative.

 

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