No.005 I was (re-)born to love you

第58話 転生勇者の見る夢は

 <ここまでのお話>

 現代日本で暮らしていた青年、鈴木与一は、過労死した後、異世界に転生した。

 彼が転生したのは、前世で読んでいた漫画『辺境追放の最強魔道士』の世界(またはそれに酷似した世界)であり、転生先は、主人公を己のパーティから追放した勇者マシュー・クロムハートである。

 マシューになってしまった鈴木与一というか、前世の記憶が蘇ったマシューというか、とにかく彼は、このまま「原作」通り話が進めば、散々落ちぶれた上、闇落ちして主人公の敵となり、最後は生きたまま火葬されるという惨めな運命をたどるのだ。

 運命を変えるため、大富豪の子供たちであるアスーロとタミーのラインフォード兄妹をメンバーに加えたマシュー。その新生勇者パーティ『星々の咆哮』が拠点アジトを置くラインフォード邸が、王制打倒を掲げる組織『独立幻魔団』の夜襲を受けた。

 銀の仮面を被り、教会の枢機卿の衣装を纏った死霊魔術師ネクロマンサー滅日ホロビ』を首魁とし、剣で深々刺されても死なない、奇異な体質を持つ鬼面の副団長『葬夜ソウヤ』、猪鹿蝶をモチーフとした格好の三幹部などからなるこの組織、その全貌は謎に包まれているが、今回の目的はアスーロとタミーの拉致であった。

 およそ一夜にわたる激闘の末、マシューたちは、ダッダリアの街の冒険者ギルドのマスター、デミトリー・バシリエフらの協力も得て襲撃者を退けた。だが戦いの最後になって、相手が「原作」で自分を魔人に変えた『独立幻魔団』だったと分かったマシューは、我を忘れた様子で、騎士団に捕縛された襲撃者の一人に激しい暴行を加えた。

 その光景を目の当たりにした『星々の咆哮』のメンバー、シャーリー・セラッティの心には、深い、不安の影がさす……


  ◇◇◇


 その日のダッダリアの街の上空には、雲一つ無い青空が広がっていた。

 しかしそこに、至る所から黒煙が立ち上っている。

 そして、人々の悲鳴や怒号が、聞こえてくる――

「『魔獣総進撃ランページ』だ! 逃げろぉ!!」

「逃げるったって、どこに逃げたらいいんだよー!!」

 ここはダッダリアの、野菜や果物を売っている市場……だった場所。

 パニック状態で逃げ回っている老若男女の人々を、モンスターの群れが襲っている。

 リザードマンだ。人間と同サイズの、二足歩行する大トカゲ――特徴的なのは、その両腕の肘から先が長く伸び、まるで剣のような形状になっていることだ。

 「グゲェ!」と不気味な鳴き声を発しながら、その剣のような両手で、店のまだ野菜や果物が入っている陳列棚をたたき壊しつつ、逃げ惑う人々を追いかけている。

「あっ!」

 逃げる人々の波の中で、六歳くらいの女の子が転んだ。

「エリー!」

 気がついた母親が、踵を返し、人々の流れに逆行して娘に向かおうとする。

 倒れている女の子のすぐ側にいるリザードマンの一体が、剣の右腕を大きく振り上げた。

「ママー!!」

 女の子は、顔面蒼白となって駆け寄ってくる母親に、救いを求めて手を伸ばす。しかしもう、どうにもならないようだ。

 リザードマンの腕が、女の子の体に振り下ろされようとした瞬間――

 シュン! と、一筋の紅い閃光が走った。

「グゲ?」

 次の瞬間には、リザードマンの剣のような右腕と、その首が同時に切断されていた。

 断末魔をあげる間すらなく、濃い緑色の魔石と化して、ガシャガシャと音を立てながら崩れ落ちるリザードマン。

 光の走った先にいるのは――鈍い赤色に光っている抜き身の聖剣「クリムゾン・フェニックス」を手に、残心の体勢になっているダッダリアの勇者、マシュー・クロムハートだ。

「ママー!」

「エリー! おお、エリー!!」

 母親は娘を抱え起こすと、ひしと抱き合う。

「ゆ……勇者さま、ありがとうございます!!」

「逃げてくれっ、早く!」

 マシューに促され、母娘は急ぎその場を立ち去る。

 その反対方向からは……

「マシュー!」

 聞き慣れた声がした。いつものように黒系の衣装に身を固めたシャーリーが、マシューに駆け寄ってきた。

 その後ろから『星々の咆哮』の他の面々、プレートアーマーに大盾アイギスと大剣を装備したカシーム、魔法使いの格好のタミー、そして片手にマジックランチャー(パンツァーファウスト)を持ったアスーロもついてきた。

「くそっ、敵の数多すぎだろ! 倒しても倒してもキリがねえぜ!!」

 カシームが言う。

 マシューが見回すと――辺りには、まだ数え切れないほどのリザードマンがいる。

 仲間の一体が無惨に斬られたのを見たのか、グルゥ……と唸りながら、マシューたちを取り囲むような形になっていく。

(正直人手が欲しいとこだが……誰も彼も、この街の至るところで戦ってる最中さなかなんだ。贅沢は言ってられねえ!)

 マシュー、剣を青眼に構えると、まるで自分に言い聞かせるように言った。

「斬って斬って斬りまくる、それしかねえっ!」

 マシューがリザードマンの群れに向かっていこうとした瞬間……「グギャアア!」という悲鳴とともに、敵の包囲網の一角に乱れが生じた。

「!?」

 見ると、複数の冒険者たちが、リザードマンと戦い始めている。

「あたしたちも加勢させてもらうよ!」

 声の主は――『はがね紅蜘蛛べにくも』のお頭リーダーの女だ。

 同パーティの他のメンバー……若い剣士の男や、白魔道士の女や、はげ頭の巨漢もいて、それぞれ敵と戦っている。

 それだけではない。

「酒はお仲間お友だち! 北のパーティ『六杯の火酒』、見参!!」

 田舎くさい格好の六人の男たちが、長刀やらトンファーやらモーニングスターやらを振るって、リザードマンを蹴散らしている。柳葉刀の男は両腕が健在で、豪快な二刀流の立ち回りを見せている。

「お、お前たち……」

 マシューは、茫然として立ちすくむ。

「おやおや、勇者ともあろうものが、何ぼーっとつっ立ってるんだい! 何だいその幽霊でも見たような顔は? ほら、行くよ!!」

 お頭リーダーが言うと、『はがね紅蜘蛛べにくも』の四人と『六杯の火酒』の六人は、うわあと鬨の声を上げながら、敢然とリザードマンの群れに向かっていく。

「おい、待て!」

 十人の後ろ姿の先から、真っ白い光が輝いて、やがて全てを包み込み、彼らを追いかけようと右手を伸ばしたマシューの、視界の全面に広がって――


  ◇◇◇


 ラインフォード邸内、『星々の咆哮』の拠点アジトの建物。

 その二階にある自分の部屋のベッドで仰向けに寝ていたマシュー、目を覚ます……その右手は、ぐっと虚空に向かって伸びていた。

 窓の外に広がる朝の空は青く、やっぱり、お約束のように小鳥が鳴いている。

 むくりと半身を起こすマシュー。上半身は白いシャツ状、下半身は白いトランクス状の下着姿。自分の右手を、じっと見つめる。

 言うまでもなく、今までの光景は、全て彼が見ていた夢――

(一度くらい、お前たちと一緒に戦いたかったよ……仇は取るぜ、必ずな)

 現実に戻ったマシューは拳を握りしめて、顔を上げた。

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