第56話 不倶戴天と、不退転――①

「申し訳ありません。ターゲットの奪取、失敗しました」

 『葬夜ソウヤ』、片膝をついた姿勢で、眼前の『滅日ホロビ』に報告する。

 マスクの下で、『葬夜ソウヤ』が歯がみしているのが分かるような声だ。

「いやいや『葬夜ソウヤ』くん……君には悪いことをしたと思っているよ。まさか、ラインフォード邸に勇者マシュー・クロムハートとそのパーティがいて、私たちに牙を剝いてくるとはね……予想していなかった」

「しかし……貴重な戦力を……『シーズンズ』の四人も、失ってしまいました」

「ああ、それはいいんだ。どの道、彼らはここで捨てる気だった」

「えっ!?」

「成功したら、誘拐犯はあの四人だという噂を流す予定だったんだよ。それなら、探索の目は『シーズンズ』に集中し、私たちは邪魔されずにすんだだろう? まあ、今となっては言うだけムダだがね……第一、『葬夜ソウヤ』くん。君も、連中は嫌いだったんじゃないのかな?」

「……」

 『滅日ホロビ』、およそ悪党とは思えない優しげな声と態度で、『葬夜ソウヤ』に接している。

「そんなことよりっ」

 『滅日ホロビ』、緑の長髪をなびかせながら、膝をついたままの『葬夜ソウヤ』の横を抜け、三人が座っている、信者の席の方に向かう。

「ダッダリアの勇者が私たちの敵に回ってしまったか……うーん、上手くすれば、彼、仲間にできると思っていたのだがなあ。そう言えば、何か最近、人が変わったって噂も聞くな……とにかく、っといたら、この先面倒なことになりそうだ」

「や、奴はこの俺が必ず倒します!」

 『葬夜ソウヤ』、思わず立ち上がって、『滅日ホロビ』の背中に言うと――

「きゃははははは」

 この教会の雰囲気にはそぐわない、高い笑い声が、まるで『葬夜ソウヤ』を否定するように響いた。


 その笑い声の主は――

 まだ薄明の状態なので、相変わらず顔はよく見えないが――例の、妖しく輝く不思議な蝶を連れていた、ケープの女だ。

「荷が重いんじゃな~い? ボ・ウ・ヤには」

 女、『葬夜ソウヤ』を挑発するかのように、一々、一文字づつ区切りながら言う。

 『葬夜ソウヤ』が「何だとっ!」といきり立ったが、耳に入っていないかのように『滅日ホロビ』に言う。

「『滅日ホロビ』っち、そいつるのはあたいに任せなよ。勇者ったって、所詮は男だろ? チョロいもんだよ、あたいにとっちゃ」

 手振りを交えながら女が言うと、その後ろの、離れた席に座っていた人影から声が飛ぶ。

「女狐は引っ込んどれ」

 声の主――大柄な男性。特に、肩幅の広さが目立つ。

 薄暗い中でも、鋭い牙を持った何かの動物の頭骨を、マスク代わりに被っているのが分かる。

 がっちりした体格は、マントのようなもので覆われているが、それも、動物の毛皮でできているのが明らかだ。

「我は戦いたい……今夜だって、スケルトンごときではなく、我が戦っていたら、あんな騎士どもなど五分もかけずに皆殺しにしてやったものを」

「まあまあ、そこまでやったら事が大きくなりすぎるでしょ?」

 答えた『滅日ホロビ』に、頭骨を被った男は更に言う。

「『滅日ホロビ』殿、その強き獲物、ぜひ我に与えて下され。ふっふっふっ、たぎる……血がたぎるぞぉ」

「はん、猪突猛進で勝てるほど甘い相手じゃないわよ」

 蝶の女が言い返す。頭骨を被った男が、更にそれに何か言おうとした刹那に、

「うーん、ボクはパス~」

 水を差すような、なんとも気が抜けた若い男の声が、彼ら二人とは、『滅日ホロビ』のいる通路を挟んだ反対側から飛んでくる。

 この男の外見も、薄明の中なのでぼんやりとしか見えないが、衣服は『葬夜ソウヤ』と同様、顔には、上半分を覆うマスクをつけており、その額の部分から、左右に二本、鋭い鹿の角がピンと伸びている。

 もうお分かりと思うが、『独立幻魔団』の幹部らしきこの三人のモチーフは「猪鹿蝶」である。

 ともあれ、椅子に座っている姿勢もだらけている、若い、鹿の角の男は続けて言った。

「そんなメンドくさそうな奴、ボク、相手したくな~い。君たち三人で好きにやってよ……あ、でも、『葬夜ソウヤ』くん。勇者パーティには女の子もいたんだよね? しかも結構カワイイんだって!? ……そのの面倒なら、ボクが見てもいいかな」

(クズが)

(クズ男が)

 聞いた瞬間に、『葬夜ソウヤ』と、蝶の女と、頭骨を被った男の三人が、口には出さず同時にそう思った。

 恐るべき反政府組織『独立幻魔団』の幹部にすらクズと断じられるこの男、一体どれだけの悪辣な所業を重ねているのだろうか――


「はいはい」

 『滅日ホロビ』が、パァン! と手を叩いた。

「みんなの考えは分かった……とにかく、相手は勇者だ。それに、その両翼を支えているのもSランクの強者つわものたちだ。下手に仕掛けるとこっちにも被害が出かねないからな……ちょっと、私に策を考えさせてくれ。そして、邪魔者を片付けたら……」

 『滅日ホロビ』、声のトーンをシリアスな感じに変えて言う。

「私たちは必ず目的を完遂する」

 『滅日ホロビ』が言うなり、まるで小規模な地震でも起きたかのように、教会内の、席の周りの女性像がカタカタと震えだした。

 そして、いかなる魔法なのか、木像と言わず石像と言わず、周囲の女性像、ピシピシとひびが入ったかと思うと、一つ、また一つと小さな破片と化して壊れていく。

「破壊神スカーニアよ、見せてやるぞ! 汝の唾棄するこの世界を……私と、『独立幻魔団』が、何もかも……一つ残さず、たたき壊すそのさまをな!!」

滅日ホロビ』が叫ぶ。

 像が破壊されたあとの木片や石片は、地に落ちない。まるで目に見えない渦に飲み込まれたかのように、教会の建物内をゆっくり、ぐるぐると旋回している。

 『滅日ホロビ』と他のメンバー四人を中心に置いた、破壊の渦は広がり、教会の正面奥に並んでいた女性像や宗教画、果ては『滅日ホロビ』が弾いていたパイプオルガンまでもが壊れ始めた。

「フフフ……ハハハ……アーハハハハッ!」

滅日ホロビ』、両手を広げた姿勢で、高笑いを始めた。それは、先ほどまで部下たちと接していたときとはうって変わった、狂気を剥き出しにしたものだった。

 その破壊の渦と、狂気の高笑いの中にあっても、『独立幻魔団』の者たちは、全く動じず、その場に立ち、あるいは座り続けている。

 蝶の女や鹿の角の男など、口元がのぞく者については――軽い笑みさえ、浮かべているのが見て取れる。

「フハハハハハッ!」

滅日ホロビ』の笑いと、破壊の渦の動きは、いつ果てるともなく続いていた――

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