第54話 悪夢の終わりと始まりと――②

 夜明け前のラインフォード邸内は、多数の人間でごった返していた。

 ガシャガシャと音がしている――ジーノの魔法の手紙マジックメールを受け取ったこの街の騎士団が、屯所から駆けつけてきていた。

 ちなみに彼らも、装備を整えてラインフォード邸に向かう途中で、スケルトン・ソルジャーの軍隊に妨害された。

 怪我人数名を出しながらも、自力でそれを突破し、今、ここに来ている。


 ちょうどデミトリーが《超えられない不可視の壁ウォールズ・オブ・ジェリコ》を発動させたあたり、離れと中庭の中間あたりの邸内の一角。

 プレートアーマーに身を固めた騎士団の仕事は、まずは襲撃犯の捕縛だ。騎士たちに自発的に協力している冒険者たちの姿もある。

 騎士たちの中心で、周りの者にテキパキと指示をしている、いかにもエネルギッシュという印象を受ける角刈りの三十代後半の男がいる。彼がダッダリア駐屯所の騎士団長だ。

 ギシギシギシ、と音を立てて、数人の騎士が荷車に乗せられた何かを、騎士団長のもとへ重そうに運んできた……片手を伸ばしたままで凍りついてしまった『サマー』の身体だ。

「団長~、ようやく、掘り出しましたぁ……」

「手、手が死にそうです~!」

「ご苦労だったな。その先で運ぶのを誰かに代わってもらえ。入り口のところで冒険者たちが火を焚いてるからな、お前らはちょっと暖まってこい」

 「ういっす」と言いながら、その騎士たちは身を震わせながらギシギシと荷車を引き、団長の前を通り過ぎて行く。

「団長~!」

 入れ替わりに、一人の騎士が駆け寄ってくる。育ちのよさそうな整った顔立ちの若い男で、この一団の副官にあたる。

 副官、団長の前に立ち止まると報告した。

「邸内で倒れていた襲撃犯の一人を収容しました」

「ダイニング・ルームで死んでたって聞いた奴か」

「いや、まだ息はありましたが、うつろな目で天井見てアパアパと呟いてて……あの様子じゃあ完全に再起不能っすね」

「そうか……悪人とは言え、同情を禁じ得んな」

「それから、母屋から奥に行った馬場に、もう一人、襲撃犯らしき背の高い男がいたのですが……」

「ですが、どうしたんだ?」

「石になってます」

 騎士団長は、ピシャッと、自分で自分のおでこを叩いた。

「なんてこった! 他にも運ぶのに時間がかかる奴がいたのかよ~! ……仕方ない、もう一台荷車を用意しろ。俺も後でそっちに合流する」

「了解!」

 副官が去って行く。

「とっとと歩け!」

 副官と入れ違いに、騎士団長の耳に、男の怒号が飛び込んで来る。

 騎士団長と副官が話をしていたのは、シャーリーとカシームによってそれぞれ倒された『オータム』と『ウィンター』の様子である。

 『シーズンズ』の残りの一人、アスーロに殴られ捕らえられた小男『スプリング』が、縄につながれ、騎士たちに小突かれながら、嫌々という感じでこっちに向かって来ている。

 騎士団長、『スプリング』に近寄って彼に言った。

「お前一人くらい、自分の足で歩いて牢獄に行ってくれよな。バスカップはいいところだぞ」

 バスカップとは、大量殺人、国家への反逆、等々といった重罪人が送られる、脱獄不能と言われる牢獄だ。この国の一般人にも有名な牢獄で、我々の世界で例えればアルカトラズか網走番外地かと言ったところだろう。

 今のセリフはもちろん皮肉である。それが分かっているので『スプリング』は「おんどれっ!」と騎士団長に悪態をつくが、「黙って歩け!」と周りの騎士たちにまた小突かれる。


  ◇◇◇


 マシューと、シャーリーと、アスーロの『星々の咆哮』の三人は、そんな騎士団の様子を遠巻きにして眺めていた。

 片手に、『葬夜ソウヤ』の鬼の面をまだ持っているマシュー、「インカム」で話している。

「分かった、ゆっくり休んでくれ……ああ、俺たちの勝ちだ、完勝だ。アスーロとタミー、それから屋敷の人たちも、みーんな助かったんだからな。お前のおかげだよ。ありがとな……おう」

 通話を切ったマシューに、シャーリーが問いかける。

「カシームの様子、どう?」

「女のリビング・デッドに喰らった毒が効いてるようだ……そこまでのダメージじゃないらしいが、今日はもう寝るって」

「そう……う~ん、ほとんど徹夜しちゃったねぇ……」

 背伸びをして、否が応でもかわいらしいおへそが目立つシャーリーに、マシューが言う。

「シャーリーも、もう休んでくれよ」

「マシューは?」

 シャーリーが尋ねるのに、マシュー、答えて言う。

「俺はもう少しこの様子を見ていく」

 アスーロが口を挟んだ。

「えー、いいんですか? シャーリーさんもですけど、勇者さまも長い間、ほとんど休みなく戦ってたんじゃないですか?」

「ふっふっふっ、勇者をなめてもらっては困るな。俺のスタミナは無尽蔵なんだよ」

 冗談めかして答えた後、マシューはアスーロに続けて言う。

「つか、アスーロ。お前、タミーのとこに行かなくていいのか?」

「ああっ! そうでした!」

 思い出したかのようにアスーロが駆け出そうとした、その時だった。


 ひゅんっ!


 遠くから飛んできた、ロープだか、細い紐だかが、マシューが手にしていた鬼の面に絡みつくと、それをえらい勢いでひったくった。

「!!」

 マシュー、紐に繋がれた鬼の面が飛んでいく方向を見る――遠くに、人影がある。

 服装は、薄緑のベストに焦げ茶色のズボンの野暮ったい格好――『六杯の火酒』のラティス、に、化けていた『葬夜ソウヤ』が着ていたもの。

「『葬夜ソウヤ』ッ!!」

 マシューは、すぐに相手をそう認識して叫んだ。

 シャーリー、アスーロ、そして騎士団長をはじめとする付近にいた人たちが、一斉に、遠くの人影に注目する。

「こいつは大事な物なんでな、返してもらうよ」

 再び面を装着しながら『葬夜ソウヤ』が言う。

「おのれっ!」

 マシュー、刀の柄に手をかけながら、全速力で『葬夜ソウヤ』に向かっていこうとした。

 だが、「敏捷アジリティ」のスキルでも使ったかのように、その姿は、フッと、一瞬にして消えた。

 距離が離れすぎていて、勇者の力をもってしても、追いかけることはできなかった。

 立ち尽くすマシューに、『葬夜ソウヤ』の声だけが虚空から響く。

「覚えておけ、マシュー・クロムハート! 我々『独立幻魔団』を敵として、一年間、生きながらえた者はいない! お前の首は我々が……いや、この俺が必ずもらい受けるからなっ! 楽しみにして、待っているがいい!!」

「『独立幻魔団』……だと!」

 マシューの顔色が一瞬にして変わった。

 彼(彼ら)は、いま初めて、今夜自分たちが戦った組織の名前を知ったのだ。

「きっ、貴様っ、どこだ、出てこい! 逃げずに俺と勝負しやがれっ! 『葬夜ソウヤ』アッ!!」

 マシューの大声が薄明の空に響く。

 だが、それに答える者はいなかった。

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