第53話 悪夢の終わりと始まりと――①

「《超えられない不可視の壁ウォールズ・オブ・ジェリコ》!!」

 デミトリーが突き刺した三叉戟の切っ先から、波動が広がっていく。


 まずそれがマシューの下、地に這っている『葬夜ソウヤ』に及ぶと――

 彼の左手にあった銀のブレスレットが、カシャンと小さな音を立てて外れ、『葬夜ソウヤ』は「うっ」と小さな声を上げた。


 次に、炎の前で戸惑っている様子だったリビング・デッド三体に波動が及ぶ。

「がっ……」

 三体とも、糸が切れたマリオネットのようにその場にくずおれて――元の死体に戻った。

 不思議なことに、三体とも、その死顔が少し安らかなものになったのが、せめてもの救いであったか……


 波動はラインフォード邸の屋敷内、カシームがベッドを重しにして、女のリビング・デッドを大きな箱に閉じ込めた部屋にも及ぶ。

 女のリビング・デッドは、まだ、外に出ようと唸り声を上げながら箱をドンドンと叩いていたが、波動が駆け抜けるや否や、最後に「か……」と小さな声がして、全ての動きと物音が止まった。


 そしてラインフォード邸の正面入り口付近。

 「きゃっ!」と声を上げ、片手に剣をもったまま、地面に倒れた(倒された)ネココ。

 そこに、兜とマントを着けたスケルトンの「司令官」が迫る。

「ネココちゃん!」

 近くで、自らもスケルトンの一体と戦いながら、その様子を見たウサギコが叫ぶ。

 「司令官」はカカッ! と叫んで、自らの剣をくるりと回して逆手に持ち替え、ネココの体に突き刺そうとする。

 ネココはきつく目を閉じる、が――そこに波動が及ぶと、一瞬にして、「司令官」の体がガシャガシャ音を立てて崩れ、動かなくなった。

「!?」

 他のスケルトンも同様、次から次に崩れていく。

 戦っていた「親衛隊」の娘たちや冒険者たち、何が起こったのか分からず、呆気にとられている。


  ◇◇◇


 デミトリーが発生させたのは、魔力で構築された不可視の防音壁。

 壁の外からの音は一切通さない。

 デミトリーはその壁で、三叉戟を地面に突き刺した自らを中心とした、ドーム状の結界を作り上げた。

 魔力を乗せた音が届かなくなったリビング・デッドやスケルトンは、次々と動きを止めていった。


 その音の発生源――ダッダリアの街の中の教会で、パイプオルガンを弾き続けている『独立幻魔団』の団長、『滅日ホロビ』。

 今、奏でている曲も最終盤だったようだ。

 最後の一音を鳴らそうとして――鍵盤を叩く指が、ピタリと止まった。

「……」

滅日ホロビ』は、暫し、じいっとしていたが、その後低い声で笑い出した。

「フフフッ……そうか……相手にもそこそこ頭が回るヤツがいたのか……」

 自嘲気味の呟きは、やがて大きな笑い声に変わる。

「ハハハ……フハハッ……ハーハハハハッ!」

 教会の中で、長い髪の男の発するそれが木霊している――


  ◇◇◇


 ラインフォード邸の正面入り口付近では、言葉を失っていた冒険者たちや獣人の女の子たちが喋り始め、辺り一面がざわつきだしている。

「な、何が起こったの……?」

「決まってるでしょ、これマスターの魔法だよ!」

「と、言うことは……」

「勝ったのよ、あたしたち!」

「「うおーっ!」」

 一同、喜びの声を上げる。

「見たかガイコツども、これがダッダリアの冒険者の力だっ!」

「「マスターしか勝たん!!」」

 そう声を揃えて言ったのは、もちろん、「親衛隊」の職員たちと、すっかりデミトリー推しになってしまったあの聖女とエルフだ。


 そんな冒険者一同の姿を、遠くから眺めている、紫の蝶を連れた謎の女。

 彼女、何かが気になったようだ。

 左手をスッと上げると……その細い手首にはまっていた銀のブレスレットが、まるで『葬夜ソウヤ』と同様に、カシャンと音を立てて外れ、地に落ちた。

「……」

 女、ゆっくりとブレスレットを拾い上げると、大喜びで互いに握手とかハグとかをしている冒険者たちに背を向ける。

 そしてその姿は、怪しく輝く蝶たちとともに、すうっと、夜の闇の中に溶けていった。


 デミトリー、三叉戟を地面から引き抜いて、ふうっと一息ついた。

 そして、近くにいるアスーロのところにやって来る。

「ありがとうアスーロ君、おかげで我々全員助かったよ!」

「いえ、ギルドマスターさんの魔法がすごかったんですよ!」

「アスーロくんやったね! 大手柄、大手柄だよ~!」

 笑顔のシャーリーがデミトリーに続き、そしてアスーロと「いぇい!」と言いながらハイタッチを交わした。


 その側で……マシューは刀で地面に縫いつけられた『葬夜ソウヤ』をまだ押さえ込み続けている。

「さあて、お前さんには聞きたいことが山ほどあるからな……ギルマス! 何かこいつを拘束できる魔法はないかな? 例えば《状態維持ステータス・クォー》とか?」

「おいおい見てなかったのか? 今、結構、魔力使ったばっかりなんだぞ? やれやれ、勇者様もずいぶんと人使いが荒いものだな」

 言葉の内容とはうらはらに、明るい調子で言いながら、デミトリー、三叉戟を携えて『葬夜ソウヤ』の方に寄ってくる。

「ふっ……」

 鬼の面の下で、『葬夜ソウヤ』が小さな笑い声を上げた。

「な、何がおかしい!?」

 マシューがそう言った次の瞬間、異変が起こった。

「!?」

 マシューの身体が、ガクンと動いた。

 押さえ込んでいた相手の身体の手応えが、急に無くなっていく。

 一瞬のうちに――本当に僅かな時間の内に、まるで人型の風船から急に空気が抜けていくかのように、『葬夜ソウヤ』の身体は消えてしまったのだ。

 側にいたシャーリーとアスーロも、あまりの異様な光景に、はっと息を飲んだ。

 その場に残されたのは、聖剣が突き刺さったままの衣服と、右手に持っていたサーベルと、額部分が欠けた鬼の面だけだ。

 ダークレッドの鬼の面を拾い上げて、立ち上がるマシュー。首があったあたりの地面には、本当に、何もない。

「な、何だこれは……敵はどうなったんだ? 自爆したのか? いや……」

「逃げた、んだろうな……」

 デミトリーの考えを先読みして、背後にいる彼に答えるマシュー。その表情は、硬く、怪訝なものになっている。

(どういう奴だったんだろう、あいつは……本当に人間だったのか? いや、じゃなきゃ一体何なんだ?)


  ◇◇◇


 それから、一時いっときが過ぎた。

 外の様子は、少し明るい、黎明、薄明になっている。

 この長い夜も、ようやく、終わろうとしていた。

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