第52話 誰がピンチを救うのか――③

「……そうか、俺はてっきりあの『葬夜ソウヤ』とかいう奴が死霊魔術師ネクロマンサーだと思ってたよ」

 アスーロ、円形の魔力感知器のディスプレイを見せながら、マシューに説明する。

「もしそうなら、ここにはもっと大きな反応が出るはずです。死霊魔術師ネクロマンサーはもっと遠くにいます。その男は、魔力を中継している役割なんだと思います」

死霊魔術師ネクロマンサーからの魔力を遮断できれば、リビング・デッドたちを止められるっていうわけね!」

「はい! でもそのためには広範囲の魔法を使う必要があるんで、俺じゃ無理……」


「ぐがあ゛あ゛あッ!!」

 アスーロの言葉を遮って、怒りに満ちたような叫び声が響いた。

 木立から、三体のリビング・デッドと『葬夜ソウヤ』が抜け出してきた。

 リビング・デッド、いずれも、身体の至る所に焦げた後がある。

葬夜ソウヤ』も、リビング・デッドほどではないが、軍服風のコスチュームの複数の箇所が焼けている。

「ちっ、もう回復しやがったかっ!」

 マシューは言うと、ヒュンと飛んできた聖剣を掴み、シャーリーとアスーロを庇うようにその前に立ち、臨戦態勢を取る。

「《風刃の斬撃エアロストライク》!」

 剣士のリビング・デッドが、風の刃を放つ。それがマシューたち三人に向かってくる。

 マシュー、聖剣の一振りで払おうとしたが、その前に横合いから飛んできた別な風魔法が、カシィン! とそれを撥ね除けた。

 マシューたち、見ると――

 そこにいたのは、金色の三叉戟の切っ先から攻撃魔法を放ったばかりの、金色の鎧に身を固めた豹の男……デミトリー・バシリエフ。

「どうやら、間に合ったようだな」

「ギルマス!」

「ジャガーさん!」

 マシューたち三人、デミトリーの所に駆け寄る。

「ちょうどいいところに来た! あんたに、使って欲しい魔法があるんだ!」

「魔法……だと?」

 その一同を、今度は《女郎蜘蛛の誘惑スレッド・オブ・シルクスパイダー》が襲う。

 アスーロが「うわあ!」と声を上げたが、マシューが剣を振るって白い糸を断ち切った。

「説明する、でも、まずは走るぞ!」

 マシュー、シャーリー、アスーロ、デミトリーの四人、向かってくるリビング・デッドたちに背を向け、駆け出していく。


  ◇◇◇


「……私でも《解呪ディスペル》できなかった相手だが、そんな単純な魔法で本当に大丈夫なのか?」

 広い庭園内を走りながら、デミトリーは横にいるマシューに尋ねた。

「大丈夫さ!」

 マシュー、立ち止まった。他の三人も立ち止まる。

 そして後からついて来ていたアスーロの肩に、剣を持っていない左手を回すと言った。

「アスーロが言うんだからな。こいつは『星々の咆哮』の仲間で、めちゃくちゃ研究熱心な、俺たちの知恵袋なんだぞ!」

 ニカッと笑顔を見せて、シャーリーがそれに続く。

「あたしも信じてるよ。なんてったって、ダッダリアの勇者、マシュー・クロムハートが選んだパーティメンバーなんだからねっ!」

「勇者さま……シャーリーさん……」

 アスーロの表情に、じんわりと、喜びの色が浮かぶ。

 デミトリー、その様子を見て――

「――分かった、それでは私も、君たちを信じよう! アスーロ君、術をかける範囲は、どうしたらいい?」

 アスーロ、デミトリーに魔力探知器を見せながら言う。

「ここにある多数の点が、冒険者の皆さんですよね。ちょうど、この点が全部入るくらいのところまででお願いします」


 デミトリーが先行したので、冒険者一同対スケルトン・ソルジャーの戦線は、長く伸びる形になっていた。

 その最先端は、例の詰所がある、ラインフォード邸の正面入り口に達していた。

 そこでは、「親衛隊」の獣人の娘たちが、スケルトンを相手に奮戦している。

 後方では、先の聖女とエルフの二人組が、デミトリーに言われた通り、負傷した冒険者の手当てを行っている――


「承知した!」

 アスーロに答えたデミトリーが見ると、吠えながら、敵の四体が向かってきている。

「アスーロ君は、そこに隠れていたまえ! マシュー、少し時間を稼いでくれるか!?」

「任せとけ! いくぞ、シャーリー!」

 デミトリーの身体が、ポゥと、金色の光に包まれる。

 彼は魔力のチャージを始めたのだ。デミトリーも短縮詠唱のスキル持ちだが、広範囲に魔法をかけるには相応の時間を要する。

 マシューとシャーリー、豹の男の前にざっと立ち並んで、相手を迎え撃つ構えを見せる。その表情……闘志、漲る。

「俺は鬼をやる。リビング・デッドの方を頼めるか」

「あいよっ」

 マシュー、自らの右横の方にざっと駆け出して、大声で言った。

決着ケリつけようぜ、『葬夜ソウヤ』! お前も俺の首が欲しいなら、正々堂々、一対一で来やがれ!!」

「ほざいたな、クソ勇者!!」

 マシューに応え、『葬夜ソウヤ』は進路を外れ、彼との対決に臨む。

 残るリビング・デッド三体は、があ゛あッ! と吠えながら、真っ直ぐ突進してくる。

 大柄な女の両手に、再び魔法陣が灯った。また白い糸の束を発射するつもりだ。

 一方のシャーリー、「はああ……!」と気合いを入れながら両手を自分の前で激しく動かし、たくさんの魔法陣を作っている。

「もってけ泥棒っ! これがあたしの今の魔力、残り全部だあーっ!」

 シャーリー、両手を突き出して叫んだ。

「《炎の散弾ファイアーバレット》!!」

 次の瞬間、いくつもの魔法陣から、火炎弾が一斉に発射された。

 ドンドンドンドン! と、それらは音を立てて三体のリビング・デッドの周囲に着弾し、辺り一面、炎に覆われる。

 「ぐがあ゛あ!」

 叫ぶリビング・デッドたち。これでは向かってくることも、糸や風の刃で攻撃することもままならない。


 一方、マシュー対『葬夜ソウヤ』――

 マシュー、切っ先を向かってくる『葬夜ソウヤ』に向けると、「おりゃあ!」と気合いを入れて、剣を投げつけた!

 最上級格闘士グラップラーのスキルを発動してのそれだったので、勢いはミサイルのように強烈だった。

 しかし、『葬夜ソウヤ』は自分の顔に向かってきた剣を、ボクシングのヘッドスリップのように、頭を少し動かして躱す。

「剣を投げるとは、自棄やけにでもなったか、勇者ぁ!」

 サーベルを振りかざして、丸腰になったマシューに襲いかかる『葬夜ソウヤ』。

 それに対し、マシュー、「フン!」と叫んで右手首を回すように動かした――

 ドスッ。

「なっ……!?」

 『葬夜ソウヤ』の背中から、Uターンしてきた聖剣クリムゾン・フェニックスが突き刺さっている。

 刀の鍔が背中に達し、刀身が左胸から突き出している――奇っ怪にも、以前と同じく、一滴の血も流れてはいないが。

 手放しても望めば帰ってくる、聖剣の特質を活かしたマシューの裏技だった。

 マシュー、刀が深々突き刺さった『葬夜ソウヤ』に向かって駆け出し、その前で高々と跳躍する。

 まるでシャーリーのように、上空で、月をバックに捻りの入った伸身の宙返りを決めると着地し、『葬夜ソウヤ』の背後を取った。

「剣でお前を倒すことはできねえかもしれないが……動きを止めることはできるんだよ!」

 言うなり、マシュー、背中に突き出ている柄に手を添え、『葬夜ソウヤ』の身体を前方に押し倒す!

「ぬううっ!」

 当然、胸から突き出ていた刀身は地面に突き刺さり――『葬夜ソウヤ』はマシューの下で、地に這いつくばる姿になってしまった。


 シャーリーの火炎弾の音が響く中で、物陰に潜んでいるアスーロは思う。

(もし俺が死霊魔術師ネクロマンサーだったら、遠く離れた場所にいるリビング・デッドを、どうやってコントロールする? 超古代文明には、離れた場所に瞬時に音声や画像なんかを伝えられる機械があったらしいんだけど、そんな技術はとうに失われている。)

(ならば、広範囲に複数存在するリビング・デッドに、効果的に、かつスピーディに命令を伝えるのに、自分なら何を使うか……俺の答えはこれだ。光以外で、この世界で一番早く伝わるもの――音だ! 間違いない、敵は、俺たちの耳には聞こえないような特殊な音に、魔力を乗せて飛ばしてるんだっ!)


「チャージが完了した! 皆、感謝するぞっ!」

 デミトリーが吠えた。

「「いっけえぇぇぇ!!」」

 鬼の面の男を押さえつけているマシュー、火炎弾を撃ち続けているシャーリー、そして物陰から思わず立ち上がってしまったアスーロが、異口同音に叫んだ。

 デミトリー、ジャガー・トライデントを頭上でぐるんと一回しすると、戟の切っ先を地面に突き立て、唱えた!

「《超えられない不可視の壁ウォールズ・オブ・ジェリコ》!!」

 デミトリーが突き刺した三叉戟の切っ先から、何か、目には見えない波動がパァン! と広がっていく。

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