第51話 誰がピンチを救うのか――②

 メガネを違うものにかけ直し、直径二十センチほどの円形の機械を抱えて、アスーロは拠点アジトの建物の外に出た。

 練習場――人型や、攻撃魔法の的があるあたりで、アスーロは立ち止まり、その機械を起動させる。

 キュイイイン……と、小さな音がした。

 これは「魔力感知器」である。もちろん、アスーロが自作した物だ。

 起動させると、現代日本のカーナビのように、広大なラインフォード邸を中心とした地図が、丸い機械のディスプレイ部分に浮かび上がった。

 一角に、五つほどの光点があった。

(多分、これが勇者さまたちと、敵だな……)

 アスーロはディスプレイ周縁部のスイッチの一つを操作する。

 地図の縮尺が変わる。ラインフォード邸が小さくなり、ダッダリアの街の一部も入るようになる。

 遠くに複数の光点を捉えた。その内の一つは、結構な速度で自分たちの方に向かって来ていた――

(感知範囲を最大にしても、それっぽい魔力の反応がない……ということは、死霊魔術師ネクロマンサーは、かなり遠くにいるってことか……そんなとこから、どうやってリビング・デッドを操っているんだ? 考えろ、考えるんだ、アスーロ・ラインフォード!)


  ◇◇◇


 目的を勇者の抹殺に切り替えた『葬夜ソウヤ』及びリビング・デッド三体と、マシュー、シャーリーの戦いは、更に激しさを増していた。

 元『鋼の紅蜘蛛べにくも』のリーダー、大柄な女のリビング・デッドの、広げた両手それぞれに魔法陣が浮かび、それが妖しく輝いた。

「《女郎蜘蛛の誘惑スレッド・オブ・シルクスパイダー》」

 リビング・デッドの両手から、大量の何か白い物が飛び出し、『葬夜ソウヤ』や、はげ頭の巨漢の相手をしているマシューに向かって飛んでいく。

「マシュー、危ない!」

 今度はシャーリーが、マシューを庇おうとその攻撃の軌道に入った。

 シャーリーの左手と右足に、その白い物がパシッと絡みついた。

「!!」

 発射されたのは白い糸――大量の、蜘蛛の糸の束だった。

 そして、いかなる魔法なのか……大柄な女が両手を上げると、繋がれたシャーリーの身体が、と恐ろしい勢いで、月の輝く上空目がけて持ち上げられた。

「きゃあっ!」

 さすがのシャーリーも、思わず、両手の湾刀を落とし、悲鳴を上げた。

 次に、もしこの高さから、このスピードで、地面に叩きつけられでもしようものなら、即死は確実――

「シャーリー!!」

 マシューは叫ぶと、眼前のはげ頭を強引に押しのけるように突破し、天空のシャーリーに向かって駆け出した。

 身体を大きく捻る――マシューが能力を全開発動する時の象徴である、全身の赤化現象が始まった。

 「はああっ!」と唸りながら、身体を回転させ、らせん状の軌道で夜空に舞い上がっていく。

 その姿、あたかも、龍(東洋の)が天に上っていくかの如し、だ。

 そして、回転の勢いそのまま、シャーリーとリビング・デッドの女を繋いでいる蜘蛛の糸の束を断ち切った。

 例によって口には出さないが、これは、星々流の十の型「神無月」という技だった。

 シャーリーの手足に絡んでいた白い糸はバラバラとほどけ、彼女は地上の木立に向かって落ちていく……

 マシューは聖剣をかなぐり捨て、両腕で、シャーリーの身体をがっちりとキャッチした。

 そのまま、膝を曲げて衝撃を吸収しつつ、木々の間の一角に、見事に着地した。まさに、これぞ勇者という身体能力だ。


 糸に絡められ、えらい勢いで上空に持ち上げられ、マシューに救出される、それは、ほんの僅かな間の出来事であった。

 なので、シャーリーは一瞬、茫然としていた。

 我に返り、

「あ……ありがと……!!」

 と言いかけて気づいた。自分は今、マシューに「お姫様抱っこ」されているのだ!

「ちょ、ちょっと!」

 かあああっ……と、みるみるうちに、シャーリーの顔が真っ赤に染まる。

「う゛あ゛ああ!」

 マシュー、見ると、吠えながらリビング・デッド三体と『葬夜ソウヤ』が自分の方に向かって来ている。

 マシューはシャーリーを抱きかかえたまま、木立の中を全力で駆け回り始めた。

「おっ、おっ、おろしてよぉ!!」

 恥ずかしさ全開でシャーリーは懇願するが、マシューは聞く耳を持たない。

 しかしその一方で、風の刃やら白い糸やら敵の攻撃は飛んでくるわ、マシューの動きは速くて激しいやら(攻撃を避けるためにジャンプもしていた)で、シャーリーは振り落とされないように、マシューの首に両手を回し、しっかりしがみついていたわけではあるが。

 マシューが、不意に叫んだ。

「撃って!」

「え!?」

「《炎の散弾ファイアーバレット》で敵を撃って!!」

 シャーリーが見ると、自分の正面前方に、はげ頭の巨漢のリビング・デッドがいる。

 確かに、この位置から撃ったなら――

 シャーリー、右腕はマシューの首に回したまま、左腕を真っ直ぐ伸ばし、手のひらを広げて唱える。

「ファ、《炎の散弾ファイアーバレット》!」

「ぐがっ!」

 魔法陣が浮かんだ左手から発射された炎の弾丸は、見事、敵に命中する――


 マシューの意図は、二人で、一人の戦士になることであった。火炎弾の発射装置を装備した戦士に。

 六対一で戦っていた時と同様の巧みな足の運びで、敵の攻撃を躱しつつ――時にはシャーリーの身体を大きく振り回したり、ポンと上空に投げ上げてまたキャッチしたりしつつ――木立の中を移動していく。

 位置取りが素晴らしく、シャーリーからすれば「撃てば当たる」ポイントに、マシューが足を運んでくれている。

(そういうことね!)

 マシューの考えを理解したシャーリー、その高い身体能力を活かして、自らマシューに動きを合わせ始める。

 その姿は、激しめのダンスというか、シャーリーは知らないであろう、我々の世界の超一流ペアのフィギュアスケーターの華麗な演技のようであった。

 なお、マシューが手放したクリムゾン・フェニックスは、切っ先を下にした状態で、まるで犬のように二人の動きについて動いている。

 二人で舞いながら放たれている、シャーリーの《炎の散弾ファイアーバレット》は、面白いように敵に当たっていた。

 『葬夜ソウヤ』は当然として、元は冒険者であるリビング・デッド三体も、耐火性というか、ある程度魔法攻撃に耐性がある衣装をまとっているはずだが、それでも数多く命中したので燃えはじめ、全員、身体の火を消すのが第一になって、攻撃どころではなくなっていた。

 『葬夜ソウヤ』が、服をバタバタとはたきながら、くそっ! と苛立ちの混じった叫びを上げた。

 図体のデカい=的の大きい頭の巨漢に至っては、全身に火が回ってしまい、「ぐがああっ!」と叫びながら地面を転がって消火しようとしている状態だ。

(不謹慎だけど……これ、結構楽しいかも!)

 シャーリーは思った。

 ラインフォード邸の木立の中、マシューとシャーリーは、炎の光に照らされながら、二人だけしか知らない芸術作品を作り上げていた――


  ◇◇◇


 ガサッ。

 炎が燃えていて少し明るくなっている木立の中から、マシューがシャーリーを抱えたまま、出てきた(クリムゾン・フェニックスも、ぴょんぴょんと跳ねながらついて来ている)。

 マシュー、息が上がっている。

「はあ、はあっ……さすがに疲れた……ちょっと休ませてくれ」

「随分と華麗なステップでしたねえ、一体どこのお屋敷で、どこの貴族のご令嬢さまと、こんな激しいダンスを踊ってらしたのかしらん?」

 マシューの首に、両腕を回したままのシャーリーが言う。

「それは一向に思い出せん!」

「ほおお、ずいぶんと都合のいい記憶喪失でございますこと」

 シャーリーは冗談と受け取っているが、マシューは今の状態になって以後、その理由が分からないのであるが、本当に女性関係の記憶が無くなっているのである――シャーリーに関する記憶も含めて。

「いや、ホントだって。マジで記憶がな……」

 答えようとして、マシュー、気づく。

 アスーロが、立っている。

 「目が点」の状態で、お姫様抱っこ絶賛継続中の二人を見ている。

「……」

「……」

「「ぴゃあああああ!!」」

 素っ頓狂な声を上げ、顔を真っ赤にして、マシューとシャーリーは互いにぱっと身体を離す。

 ついでにぴょんぴょん跳ねていたクリムゾン・フェニックスもその場に倒れた。

「ア、アスーロ、いつからそこに……」

「まだ戦ってると聞いて、心配して来たんですが……もしかして俺、お邪魔でした?」

「そっ、そっ、そんなこと、ないぞっ!」

「ま、ま、間違えないでねアスーロくん! こ、これ、戦術だから! コンビ技で敵と戦ってただけなんだからぁ!!」

 動揺が隠せない二人を見て、アスーロ、笑えてくるとともに、ちょっとイジワルしたくなってきた。

 そうだ、例の本の件でいじられたお返しをしてやれ。

「ふーん、勇者さまですねえ……戦いの最中さなかでも余裕でシャーリーさんとイチャついてたって、カシームさんとタミーに報告しなくっちゃ~」

「イチャついてたんじゃないってばー!」

「アスーロ君、アスーロ君、どうやら誤解があるようだ。ここは一つ、お互い、肚を割って話し合おうじゃないか。望みがあれば聞くぞ? 言ってみたまえ」

「そうですね、まずは……」

 と言いかけて、アスーロ、まるで「ノリツッコミ」のようにモードが変わる。

「――ってそんなこと言いに来たんじゃないっす! 俺、勇者さまにどうしてもお伝えしたいことがあって……」

「? 何だ?」

「俺、分かったかもしれないんです! こいつらリビング・デッドを倒す方法!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る