第50話 誰がピンチを救うのか――①
マシューとシャーリー対『
現在の、月下の戦場は邸内の木立の中。
互いに距離を取り、敵側はリーダーの女が口から毒液を、剣士の男が風の刃を飛ばしてくる。マシューたちは、太い木の幹に隠れてそれを躱しながら、シャーリーが火炎弾を放つという、攻撃魔法の打ち合いになっていた。
その中で、マシューは「インカム」で交信して――
「よし! アスーロによくやったと伝えてくれっ!」
笑顔で通信を切る。
シャーリーは「どうしたの?」と書いてあるような表情でマシューを見たが、マシューが大声で叫びだしたので、話の内容はすぐ分かった。
「おいそこの鬼、いや『
「!!」
面の下で『
「お前たちの
「そーよそーよ! あたしもそろそろ寝ないと、お肌に悪いんですけど!」
おやおや、シャーリーのノリも現在のマシューみたいになってきたぞ。
『
「……な……ならばっ! 勇者マシュー・クロムハート! せめて、お前の首だけでも、土産に持ち帰らせてもらうッ!!」
言うなり、『
「グア゛ア゛!」と叫びながら、リビング・デッド三体がその後を追う。
◇◇◇
再び、『星々の咆哮』の
「勇者さまは?」
「ああ、まだ敵と……リビング・デッドと戦ってる」
アスーロはカシームに聞き返した。
「リビング・デッド?」
「ん、そうだ。俺も戦ったが、賊は冒険者の死体をリビング・デッドとして使役してるんだ。厄介なことに、魔法も使えるらしい」
アスーロ、何か決意した表情になると、やにわに駆け出し、地下室に続く階段に。
「お、おい?」
地下室から、ガシャガシャという音がした。
その後、アスーロ、走って戻ってくる。
顔には別なメガネがかかっている。手には何か直径二十センチほどの丸く平べったい機械と、ロープを抱えている。
アスーロ、カシームに言う。
「役に立つかどうか分かりませんが、俺、勇者さまのところに行ってきます! すいませんカシームさん、あいつ、縛っておいて下さい!」
ロープをカシームの前に置くと、アスーロは
「……」
カシームはしばらく呆気にとられていたが、やがて、「フッ」と笑みを浮かべた。
「全く、人使いが荒いこった、先が思いやられるぜ」
カシームがロープを手に立ち上がろうとしたところ、声がかかった。
「私がやりましょう」
声の主は、ルークスだった。
「セバスチャ……」
「ルークスですっ! もう、あなたまでそのネタやめて下さいよ!」
「ハハハ……すまん、すまん。執事さん、もう動けるのか? 腰痛は平気なのか?」
「はい、痛み止めの薬は常備しておりますので」
「そっか……それにしても、さっきは見事な手並みだったよ。あ、そうだ、ポーションはいらないか?」
「ポーションなら、先に、彼女にあげて下さい」
ルークス、建物の外に目をやる。
ジーノが座り込んでいて、動けなくなっている。
カシームはジーノのもとに行く。
「ほい、知ってるだろうがひどい味だ。でも、楽になるぜ」
カシーム、ジーノにポーションを手渡す。
「すみませんね」
カシームも、ジーノの横に腰を下ろした。
「あんたがこれほどの魔法の使い手だったとはな」
「いえいえ、全盛期に比べたらお粗末なものでございます」
「『ダンジョンに咲く一輪の花』か……あーあ、あんたが若い頃に会ってりゃ、絶対口説いてたのにな」
「あら、今からでも遅くはないんじゃないかしら?」
ジーノが笑顔を見せ、つられてカシームは、「ハハハハ」と気持ちのよい笑い声をあげた。
◇◇◇
ダッダリアの市街地。
デミトリーに率いられた冒険者たちと、スケルトン・ソルジャーの一団との乱戦が続いている。
総じて言えば、両者の攻防は一進一退といった感じだが、戦いながらも、デミトリー一行はラインフォード邸への距離を少しずつ詰めてきていた。
各自バトル中の冒険者たちの中に、一人は聖女の格好、一人は狩人の格好をしたエルフの、ともに十七、八歳の女の子二人組がいる(エルフの方の年齢は正確には分からないが、見た目はそのくらいの少女である)。
彼女たち、スケルトン・ソルジャーの一体を相手にしている。
聖女、手にした錫杖を相手に向け、呪文を唱える。
「……我が主、ステラティスの御名において、この哀れなる魂にかけられし呪いを解き放つ! 《
夜の街の中で、錫杖の先端が、ぱああと明るく輝いた。
だが……何も起きない。
彼女たちはともかく、スケルトンまで、頭に「?」マークが浮かんだ感じになっている。
が、我を取り戻したのか(?) スケルトン、カカッ!と叫んで彼女たちを狙って剣を振りまわす。
聖女とエルフは「きゃああっ!」と叫んで、逃げ出した。
「ちょっと、全然効かないじゃないのー! あんたそれでも聖女なの!?」
エルフが言うのに、聖女、答えて――
「あたしが悪いんじゃないわ! 相手の
闇雲に逃げていた二人は、袋小路に追い込まれた。
「いっ、行き止まりだわ!」
「しまったあ!」
カシャン、カシャンと音を立てて二人を追ってきたスケルトン、カカカッと笑った。いや、正確には笑ったように見えただけかもしれないが。
そして(技が効かず)戦う気力を無くしたような女の子二人に向かって、剣を大きく振り上げた。
「「きゃあー!!」」
聖女とエルフは、互いに抱き合って、しゃがみ込んで、悲鳴を上げる。
次の瞬間。
「はあっ!」という気合いとともに、スケルトンの背後から、その胴体に、金色の何かが突き刺さった。と言っても、スケルトンの体はスカスカだ。三叉戟の間の部分が、腰のちょっと上の背骨を捕らえたと言った方が正しい。
スケルトンの背後にいるのは……ギルドマスター、デミトリー・バシリエフ。
三叉戟――ジャガー・トライデントをちょっと捻ると、「ぬんッ!」と気合いを入れ、スケルトンを持ち上げ、獲物をぶるんと振り回して相手を豪快に放り投げた。
ガシャアァン!
スケルトン、ものすごい勢いで周辺の建物の壁に激突し、一瞬でバラバラになった。頭蓋骨をはじめ、路上に落ちたその残骸は、まだカタカタと動いていたが、これではもう、戦闘は不可能だ。
「君たち、大丈夫かっ!?」
デミトリー、聖女とエルフの方に駆け寄る。女の子二人はゆっくりと立ち上がる。
「私もやってみたが、
デミトリー言うが、この二人、聞いていない。
月の光を背に受けた、金色の鎧で金色の三叉戟を携えた、美しき豹人。しかも強い。しかもイケボ――
もう、目がハートになっていた。
「……ギルマス様、ステキぃ!」
「けっ、結婚して下さいっ!」
聖女とエルフ、やにわに、デミトリーに抱きつく。もう、あたりには一面ハートマークが乱舞している感じだ。
どうやらデミトリーのフェロモンが効くのは、獣人の女性だけではないようだ。
「ちょ、ちょっと、君たちっ……」
「お身体モフモフさせてくださぁい!」
デミトリーがカタブツっぽく戸惑うも、この二人は全く揺るがない。
「「あーっ!!」」
その光景を見たのは、デミトリーを追いかけてきた、「親衛隊」の獣人の女性職員たちだった。
当然放っておくわけがない。光の速さで三人のところに駆け寄る。
「あ、あ、あんたたち何してるのよー! まだ山ほど敵がいるのよっ!!」
「ちょっと、離れなさいよー! この泥棒猫!!」
今のセリフを言ったのはネココだ。なので、職員のほぼ全員に、プラスして聖女とエルフが、声を揃えて言った。
「「お前が言うなっ!!」」
「あっ、あのっ……」
聖女とエルフを無理やりデミトリーから引きはがして、そこでやいのやいのやりあっている女の子たちとはちょっと離れたところにいる、羊の獣人、ヒツジコがデミトリーに声をかける。
基本、白い羊毛のモコモコの衣装を身にまとっているが、二の腕とお腹(おへそまわり)と太股は肌色というこの
「マスター、このままでは埒が明きません。私たちに構わず、マスターだけでも先に、ラインフォード邸に向かって下さい!」
「! し、しかし……」
デミトリー、当然のように躊躇する。
「大丈夫です!」
彼の背後から声が飛んだ。
デミトリーが見ると、さっきまで言い争っていたはずの親衛隊一同と、聖女とエルフが、皆でデミトリーを見て、にっこり笑っている。
「勝てるとは言いませんが……」
「死なないくらいは何とかしますって」
「そうそう、いざとなったら、あたし大逃げみせますんで!」
「誰とレースすんのよ」
ウマコとのやり取りに、笑いの花が咲く、女性陣一同――
デミトリーはしばらく考えていたが、意を決した。
「――分かった。ならば、先に行かせてもらう。だが、ギルドマスターとして、これだけは言っておく。ここにいる誰一人として、死ぬことは絶対に許さん!」
「「はいっ!!」」
ハッと一言発して、デミトリーは高々と飛び上がった。
そして、市街地の建物の屋根の上を、地上の乱戦には目もくれず、金色の矢となって駆け抜けていく……ラインフォード邸を目指して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます