第49話 それでも守るものがある

「う……うわああッ! アっ、アニキーっ!!」

 『スプリング』は、自分の目の前で弟が氷漬けにされるのを見た。

「やっ……やってくれたな!! このクソガキがっ!!」

 言いながら起き上がると、『スプリング』は、怒りの表情で、ランチャーを打ち終えたアスーロに向かって行った。

 アスーロのみならず、その横でタミーを抱えているレックス、発射の爆風から逃れようと床に倒れたままになっているビートの顔にも、緊張が走った。

「ちきしょう、一人討ちもらしたかっ!」

「レックスさん逃げて! タミーを安全な場所へ!」

 叫ぶビートとアスーロ。だが――

「ちょっと、待てぃ」

「!?」

 何者かの声がしたかと思うと、『スプリング』は、背後から、胸の防具を止めている背中のストラップをむんずと捕まえられ、動けなくなる。

 彼が振り返ると、そこには、銀色のプレートアーマーに身を固めた大男がいる――カシームだ。

 顔色が悪く、額には汗が滲んでおり、呼吸も荒い。

 受けた毒から完全回復していないうちに、この拠点アジトに急いで戻ってきたのだ。

 それでも、まだ、『スプリング』と戦う余力はあるようで――


「おい、お前……ウチの若いもんを、随分とかわいがってくれたな」

 部屋に入ってきたカシームは、アスーロの顔に殴られた跡があるのと、タミーがレックスの腕の中で気を失っているのを、すぐ認識した。

 その顔が、瞬く間に、怒りで燃え上がる。

「その上、勇者パーティの拠点アジトを土足で踏み荒しやがって……ずいぶんと命知らずのようだな、ああっ!」

 言うなりカシームは、右手一本で、ストラップを引っ張ってこの小男を放り投げた。

 そして落ちてくるところを、まるでラグビーのパントのように、その腹部を強烈に蹴り上げた!

「ぐはあっ!!」

 胃液を撒き散らしながら、『スプリング』の体は高く舞い上がり、床にドサッと落ちた。

 だがこの男も、なりは小さいとは言え、曲者ぞろいの特殊部隊の一員だ。

 すぐに立ち上がると、カシームの方を向いて吠えた。

「おんどれっ! よくもワイにこないなことを! ただでは済まさへんで!」

 『スプリング』は、右手の異常に長い指を、カシームに向けて伸ばす。

 その先が怪しく光り始める――何らかの、攻撃魔法を使おうとしたのだろう。

 その一方で、カシームは大盾アイギスの正面を『スプリング』に向けた。

 必殺の「石化ペトリフィケーション」を使う準備に入ったのだ。

 しかし、カシームがメドーを呼び出す前に、事は終わった。

 『スプリング』の横方向から、伏兵が襲ってきたのだ。

 彼が気配を感じて、その方向を見ると――アスーロだ。

 その目には怒り……いや、殺意に近いレベルの憎悪がこもっていた。

 弾を撃ち終わった後のマジックランチャー発射管――つまりは鉄パイプ、を振り上げている。

「お前らだけは許さないっ!!」

 アスーロ、トリガー部分も壊れろとばかりに、思い切り、それを、『スプリング』のマスクで覆われた頭部に振り下ろした!

 ガスッ!!

 何ともイヤな音がして、同時に『スプリング』が、ぐぎゃっと悲鳴を上げた。

 バッタリと倒れる『スプリング』。

 アスーロは「うわあああ!!」と声を上げながら、壊れてしまった――曲がってしまったマジックランチャー発射管で、もう一撃を入れようとしたが――

「やめろアスーロ! もう気絶してる!」

 カシームが諫めた。

 アスーロは動きを止めた。その後、ちょっと冷静さを取り戻して、手にしたパイプをだらんとぶら下げた。

 そのパイプを取り上げ、カランと床に放り投げながら、カシームは言う。

「冒険者なんて稼業をやっていたら……人様の命を、もちろんどうしようもないクソ野郎限定だけどよ、頂戴することもあるかもしれない。だが、お前の歳じゃ、明らかにまだ早すぎ……」

 まだ毒の影響があった。全部言い終わらないうちに、カシームはゴホゴホと咳き込み、その場に片膝をつく。

「カ、カシームさん!?」

 アスーロ、カシームに駆け寄ろうとする。

(やっべ、今夜はもう、俺、打ち止めかもな……)

 そう思いながらも、カシームは手を上げてアスーロを制止した。

「いい、ポーションでも飲めばなんとかなる……俺よりも、タミーを」


 言われてアスーロは部屋の中を見回す。

 敵は、一人は部屋の隅で氷漬けになり、一人は完全に気絶している。

 その場から動けないのはカシームとルークス(と、屋外のジーノ)。

 後は全員ひとところ――タミーの下に集まっていた。

 「タミー!」叫びながらアスーロはそこに駆け寄る。

 使用人たちの集まりの中心で、タミーは、半身をレックスに抱えられた形で床に寝かされていた。

 既に猿ぐつわや、両腕を縛っていたロープは外されていたが、相変わらず、意識がない。

「タミー! タミーっ!」

 アスーロはタミーに寄っていき、揺さぶって起こすつもりであったが、キャロルに制止された。

「私たちも試みたのですが、お目覚めになりません……おかわいそうに、よほど辛かったのでしょう。幸い命に別状はないようですので、今夜はこのまま、休ませてあげた方が良いかと存じます」

 ミラがそれに続いた。

「お嬢様のことは、私たちにお任せ下さい……レックスさん、お嬢様を部屋まで運んでもらえますか?」

「よしきた」

 レックスはタミーの体を抱え上げた。

 そして、他の使用人たち共々、タミーの部屋に向かって行く。

 ついていったところで、男たちには、おそらく、あまりできることがない。それでも皆、タミーが心配でたまらなかったのだ。

 レックス、アスーロの方を向いて、言葉を投げた。

「あ、気がついたらちゃんと、坊ちゃまの活躍で、敵はお嬢様に指一本触れられずに退治されたって伝えときますからね」

「そうそう、降参するって見せかけてからの一気呵成の逆転劇! ホント、凄かったってね!」

 調子を合わせるビート。当然誇張……いや、大ウソだ。

「ちょ、ちょっと!」

 アスーロは使用人たちの背中に言うが、彼らは聞く耳がないようで――

「いやぁ、これではもう、坊ちゃまなんて呼べませんなあ」

「うーん……あ、そうだ、わか、にしたらどうかな」

わか様……いいですね!」

 ミラが言う。タミー同様、未遂とはいえ酷い目にあった彼女だが、ようやく少し、笑顔が戻ってきたようだ。それを見て、ビートが言った。

「よーしみんな、今日からアスーロ様を呼ぶ時はわかか、わか様にするっすよー!」

 「「おーっ!」」


「あの……」

 アスーロは、彼らを見送りながら、やや呆然としている。

 そこに、盾を傍らに置き、あぐらをかいた姿勢になっていたカシームが、背中から声をかけた。

「いいんじゃねえか? タミーの前じゃ、強くて頼りになるカッコいいお兄ちゃん、でいればよ」

「えっ?」

 アスーロ、振り向いてカシームを見る。

「知ってっか? 人間ってのはな、そうなりたいって願い続けていれば……自分はそうなんだって口に出し続けていれば……いつか本当に、そうなれるもんなんだぜ」

「……」

「フフ、だから俺は『ダッダリアいちの色男』なのさ」

「……はいっ!」

 ニヤッと笑ったカシームにつられて、アスーロも、明るい表情になって答えた。

「さてと」

 カシームは、耳の中の「インカム」に指を伸ばした。

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