第45話 窮地は続くよどこまでも

 ラインフォード邸、屋敷内。

 「ガアア」と叫びながら、毒が塗られた短剣を振り回しながら、何度も飛びかかってくる女のリビング・デッドと、大盾アイギスと大剣とを構えたカシームが戦っている。

 カシームが会敵したのは、使用人たちの部屋が並ぶあたり。

 一つの部屋に入ってはその中の家具などを壊しながら戦い、また廊下に出ては戦い……を繰り返していた。

 女の短剣攻撃を大盾アイギスでブロックしながら、ある部屋から廊下の方に後退してくるカシーム。

(くそっ、相手が死人じゃ、メドーの石化ペトリフィケーションも使えねえ!)

 カシームは、必殺技を封じられた状態で、事態打開の手段を探していた。

 女の勢いに押されるように、木製のドアを開けて、次の部屋に入るカシーム。

 その部屋の主は、使用人の女性の内の誰かだったようだ。

 見回すと、部屋の中に、洋風に言うと海賊宝箱、和風に言うと長持、つまりはワンピースのような衣服を収納できる、大きな木製の箱があった。

(これ以上遊んでる暇はねえ……一か八か、やってみっか!)

 カシームは五角形の尖った先端が相手の方を向くよう、盾の構えを変えると、「はああっ!」という一声とともに、飛びかかってきた相手に盾を思い切り突き出す――シールドバッシュを放った。

 鮮血が、飛んだ。

 相手は、ぐぎゃっ! という悲鳴とともに、部屋の反対側へ吹き飛ばされ、壁に激突して、どん! という大きな音を立てた。

 その間に、カシームは急いで大きな箱の蓋を開けていた。

 再び、女のリビング・デッドがむくりと起き上がると、ぐああと叫んで、短剣を振りかざし飛びかかってきた。

 箱を開けるのに手放したので、今のカシームの手には、盾もなければ、大剣もない。

 リビング・デッドは、プレートアーマーで覆われていない、カシームの頭を目がけて短剣を振り下ろす。

 カシーム、その短剣を持った相手の右手首を、左手一本で、ガシッと掴んだ。

「動きは速いが、所詮はリビング・デッドだな! 攻撃が単調なんだよ!」

 カシームは掴んだ手首にギリギリと渾身の力を込める。相手は、刃をカシームに突き立てようとするも、動かすことができない。

「やれやれ、あんたにゃ、マジで一晩お願いしたいって思ってたんだけどな……」


 実はカシーム、昼間、老勅使のエビィ一行を送っていった際、屋敷入り口付近で警備をしていた彼女――そのころはまだ、大人しそうなスレンダー美人の白魔道士だったが――を見かけ、声をかけていた。

 「今夜、仕事終わったらさ、一杯どう?」、と。

 彼女の返事は「ええ、まあ……」と、何とも曖昧なもので、好感触とは言えなかったが。

 ともあれ、このあたりはこれぞダッダリアいちの色男、と言ったところである。


「こんなかたちじゃあ、なかったぜ!!」

 カシームは相手の短剣を持った右腕を押さえたまま、その体を強引に己の頭上にまで持ち上げ、大きな箱の中に力任せに叩きつけた!

 中に入っていた何かの衣服が、バン、と舞い上がった。

 カシーム、すぐさま、蓋を閉める。

 プロレスでいうボディスラムのようなものを喰らったわけだが、リビング・デッドの動きが止まっていたのはそう長い間ではなく、また声を上げながら、蓋を開けて箱の外に出ようとする。

 しかし、その時にはカシームが、室内の重そうな(シングルサイズの)ベッドを、箱の側までズズズと押してきていた。

「おりゃあ!」

 カシーム、ちゃぶ台返しのように、ベッドを大きな箱の上にずしんと立て掛けた。

「ガア! ガア゛!!」

 叫びながら女のリビング・デッドは箱の中からドンドンと音を立てるが、重しのベッドはびくともせず、もう外に出ることはできない。ゲームセットだ。

「……畜生、大分タイムロスしたぜ」

 カシームは、近くに散らばっていた自分の装備……大盾アイギスと大剣の所にいく。

(待ってろよ、アスーロ、タミー。今、俺が助けにいくからな!)

 思いながら、大盾アイギスを腕に装備しようとしていたところで――


 ぐらぁり。


 カシームの目の前に映っていた、その部屋の光景が、ぐにゃりと歪んだ。

「!?」

 ガランと大きな音を立てて、大盾アイギスが床に落ちる。

 続けて、カシームの巨体も、どぅと床の上に崩れ落ちた。

「これ……どういう……こと……」

 困惑するカシームの目の前に、例の短剣が落ちていた。リビング・デッドを大きな箱に閉じ込める際に、こぼれたのだ。

 そして、相変わらず特有の匂いを放っている。

(そうか……分かった……戦ってる間に飛び散った毒液が、目に見えないくらいのほんの僅かな量でも体についたら……こうなるくらい、強力だったってことか)

 こんなのは、相手だけでなく自分も確実にダメージを負う自爆技であり、故に普通、誰も使わない。だが、相手は、もう死んでいる「生ける屍リビング・デッド」である。リスクはゼロだったというわけか。

(も、もう少し閉じ込めるのが遅かったら……俺は……あの女にやられて……くそおっ、急がねえと……あいつらが……)

 意識を失いかけているカシーム、最後の力を振り絞る。

「《回復魔法ヒール》っ……」

 床に倒れているカシームの全身を覆うように、丸い魔法陣がポゥと広がった。


  ◇◇◇


 再び、邸内の『星々の咆哮』の拠点アジト、一階の広間。

 状況は変わっていない。

 アスーロは『スプリング』の泥魔法で体を拘束されている。

 タミーは巨漢の『サマー』の手でぶら下げられている。

「ん゛ん゛ーっ! んんんんー!!」

 タミーは、白い布の猿轡で塞がれた口で泣き叫び、前にも増して激しくバタバタと両足を動かしていた。

 『裸にひん向いて全身の匂いを嗅ぎたい』などと言う、総毛立つような欲望を、『サマー』の口から聞いたからだ。

「なあアニキぃ、ええやろ?」

「アホ、ターゲットには極力手荒なまねをするなって言われとるやないか。命令違反したらな、後で『葬夜ソウヤ』のガキにどんな目に遭わされるか、わからへんで」

「せやけどぉ」

「んんー!!」

「や、やめろぉ! 妹には、手をだすなぁっ!!」

 泣き叫ぶタミーの声を聞いて、身動きできない状態のアスーロが大声で叫んだ。

「あ゛?」

 ある程度冷静な態度を保っていた『スプリング』に変化が起こったのは、その時だった。

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