第44話 その名は『滅日(ホロビ)』というらしい――②

 冒険者の集う街、ダッダリア。

 その日は、深夜にもかかわらず、この町並みを二十名ほどの一団が駆けていた。

 先頭を行くのは、この街の冒険者ギルドのマスター、デミトリー・バシリエフ。

 いつもの服装と違い、豹の頭の下は、金色のプレートアーマーに覆われており、走るにつれガシャガシャと音がしている。

 その手には、これもまた金色に輝く長い三叉戟を携えていた。

 デミトリーの獲物である古代遺物レガシィで、彼はこれを「ジャガー・トライデント」と称していた。

 その後ろから、先ほどまでデミトリーと一緒に仕事をしていたネココに加え、ウサギコ、オオカミコ、ヒツジコ……即ち、冒険者ギルドの獣人の女性職員たちが、それぞれ思い思いの武器や防具を身につけた姿で、彼の後を追っている。

 まるでデミトリー親衛隊、である。

 そして彼女たちのさらに後ろには、ギルド本部近くの宿にいたであろう、職業ジョブも性別も年齢も人種もバラバラな、十数人の冒険者が続いていた。


「急げ! ラインフォード邸は近いぞっ!」

 デミトリーの檄が飛ぶ。

 『六杯の火酒』のリーダー、ラティスの命をかけた通報により、フラーノ・ラインフォードの屋敷で何らかの変事が起こっていると認識したデミトリーは、緊急招集した冒険者たちと、自発的についてきたギルドの女性職員たちとともに、そこに向かっていた。

 その一団の中の一人――ウサギの獣人の、ウサギコが、長い耳をピンと立てて、ズサッと足音を立てて、急に立ち止まった。

 デミトリーも足を止めて、彼女に言う。「どうした?」

「ごめんなさい。何か、音楽のようなものが聞こえたんです……パイプオルガンの」

 答えたウサギコに、デミトリーが続けて言う。

「こんな夜更けにか?」

「はい、だからヘンだなあと思って……でも今は関係ないですよね、すみませんでした。先を急ぎましょう」

 一同が再び走り出そうとした刹那、今度はオオカミコが言った。

「ちょっと待って、何あれ!?」

 カシャン、カシャン、カシャンと、オオカミコが指をさしたその先の夜の闇から、物音が聞こえてきた。一定の規則正しいリズムを刻んでいる。

 その音がだんだん大きくなる。そして、一同の目に、見えてきたものは――

「スケルトンだわっ!」

「いや、武装してる、スケルトン・ソルジャーだぞ!」

「な、何でこんなところにっ!」

「いったい何体いるんだよ!!」

 冒険者たちが口々に叫ぶ。

 現れたのは、手には長剣と丸形の盾バックラーを持ち、肩や腰には防具も装備している、骸骨の軍隊だった。

 その数、ざっと二十。ほぼデミトリーたちの一行と同数だ。

 ほとんどの個体に、頭蓋骨の左側頭部に、この世界の文字と数字の表記が刻まれているのが見て取れる。識別番号のようだ。

(どうあっても、我々をラインフォード邸には行かせないつもりか……)

 何者かの強烈な妨害の意図を感じるデミトリー、しかし、ここで怯むわけにはいかない、選択肢は戦闘一択だ。

「君たちは離れていたまえ!」

 デミトリーは女性職員たちに言ったが、

「あっ、あたしたちも戦えます!」

「そうです! そんじょそこらの冒険者には負けないくらいの力がないと、この街のギルドの職員は務まりませんよ!」

 口々に言われて、彼も考えを変えざるを得なかった。

「分かった、だがくれぐれも無理はするなよ……総員! 戦闘準備!!」

 彼が一言放つや、親衛隊の獣人の娘たちを中心とした「はいっ!」という威勢のよい声が響いた。

 デミトリーの一行たちは、剣を抜いたり、槍を構えたり、矢をつがえたボウガンを相手に向けたりしている。

 一方、行進してきたスケルトン・ソルジャーの一団の最後尾に、一体だけ、飾りのついた兜と(裾がギザギザに破れている)マントをつけた個体がある。こいつが「指揮官」のようだ。

 その指揮官が、どこから声を出しているのか分からないのだが、「カカーッ!!」と叫んだ。

 それを皮切りに、整列していたスケルトン・ソルジャーの軍団は一斉にデミトリー一行に襲いかかった。

 月明かりのダッダリアの街中で、乱戦が始まった。至るところで、剣戟の音や魔法攻撃の音が響き始める……


 その、近くに、ひときわ高い鐘楼があった。

 とんがったその屋根の縁に、一人、何者かが足をぷらんと垂らして座っていて、無言で地上の戦いを見下ろしている。

 この人物も、頭からすっぽりケープ付きのコートを羽織っていて、何者なのかよく分からない。体型すら、コートに隠れて分からないのだ。

 だが、僅かに、薄く笑っているような口元と細く尖った顎が見えていて――どうやら女性ではあるようだ。

 そしてその人物の周りで、二、三匹の蝶が飛び回っていた。

 細い指を、一本、スッと立てると、そこに一匹の蝶がとまった。

 形はアゲハ蝶と変わらないが、まるで夜光虫かネオンサインのように、紫の妖しい蛍光色を放っている不思議な蝶だった。


  ◇◇◇


 再び、ダッダリア中心部にあるステラティスの教会。

 青い月明かりの中で、『滅日ホロビ』は、パイプオルガンで曲をかなで続けている。

 曲は出だしよりも激しくなったパートを迎えており、『滅日ホロビ』は一心不乱に鍵盤を叩き続けている。


  ◇◇◇


 ラインフォード邸の離れに向かう道すがらで、『葬夜ソウヤ』及び三体のリビング・デッドと交戦中の、マシューとシャーリー。

 「ガア゛ア゛!」と叫んで、はげ頭の巨漢が飛びかかり、両の拳で襲ってきた。

 この男の武器は「とにかく怪力」のようだ。

 マシューとシャーリーが、それぞれ別の方向に飛んで躱したため、その両腕は地面を叩くことになったが、大きな音とともに地面が抉れ、半径一メートルくらいのクレーターが出来た。

 普通なら、グローブだか、手甲ガントレットだかをつけて戦うのだろうが、今は素手で、拳からは血が流れていた。

 拳が潰れるのもお構いなしだ。

(かわいそうに……もう痛みを感じないのね)

 空中で、そう思いながら巨漢の男を見ているシャーリーに、マシューの声がする。

「シャーリー、狙われてるぞっ!」

 はっとして彼女が見ると、大柄な女――『鋼の紅蜘蛛』のリーダーだったリビング・デッドが、自分の方を見ている。

 その大柄な女の口から、言葉が漏れる。

「《後家蜘蛛の溜息ポイズン・オブ・ウィドースパイダー》」

 次の瞬間、カハッという声と共にリビング・デッドの口から大きな液体の塊が、勢いよく発射された。

「!!」

 まだ着地しておらず、身動きがままならないシャーリーめがけて、それが飛んでくる――

 横合いから「くっ!」と叫びながらマシューが飛んできて、刀を持っていない左手を使って、文字通りシャーリーを地面の上に押し倒した。

 マシューとシャーリーの背後は木立になっていたが、外れた液体は、その中の太い木の幹に当たり、ジュウッという音を立てて、大きな穴を開けた。

「毒液だわ!」

「そんなのを吐きかけられるの、悪い思い出あっからやめて欲しいんだけどな!」

 残りの一人、剣士が二人に追い打ちをかける。 

「《風刃の斬撃エアロストライク》」

 風魔法と剣技を組み合わせたのが彼の得意技だった。

 勢いよく刀を振ると、そこから風の刃が生じ、ゴォと音を立てて、マシューとシャーリーの丁度中間あたりに飛んできた。

 二人は、それぞれ別の方向に地を転がってそれを躱す。

 風の刃は、地面を削り、背後の木の枝を何本かバサバサと斬りながら、通り過ぎて行った。

「くそっ、リビング・デッドになっても魔法やスキルを使えるのか!」

 言いながら立ち上がるマシュー、そこに『葬夜ソウヤ』のサーベルが襲いかかってくる。

 マシュー、聖剣で受ける。

「さっきの五人は力押し一辺倒だったがな……こいつらは魔法こっちの方が得意そうだ。フフフ、お前たちに我々の目的の邪魔はさせん」

「……目的ったって、大方おおかた金目当てで、年端も行かない子供をさらうことじゃねーのか!? 見下げ果てた連中だな、てめえら!」

「黙れ!」

葬夜ソウヤ』、言うなり、ギリギリとつばぜり合いしていた状態から一度離れた。

「真っ当なやり方じゃ、この世の中は何ひとつ変わりやしない! お前みたいな、ずっと勇者としてチヤホヤされてた奴に、我々の……いや、俺のことが、分かってたまるかぁ!!」

 感情を露にして叫びながら、『葬夜ソウヤ』、角度を変えてもう一度強烈に斬りこんでくる。

 ガキイン!! と大きな音と火花を散らして、それを受け止めるマシュー。

「ぬうう!」


 戦いは、まだ終わらない。

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