第43話 その名は『滅日(ホロビ)』というらしい――①

 その頃――

 中庭から、アスーロとタミーが居るはずの拠点アジトに戻ろうと急いでいたシャーリーは、『独立幻魔団』副団長、鬼の面の男『葬夜ソウヤ』によって、足止めされていた。

 シャーリーの二本の湾刀と、『葬夜ソウヤ』のサーベルが、月の光の下で火花を散らしている。

 その耳に、カシームの声が飛び込んで来る。

「だめだ、アスーロとの通信が途絶えた! こりゃ何かあったぞ!」

「カシームお願い、急いで! あたし敵に妨害されてる!」

 答えるとシャーリー、再び『葬夜ソウヤ』に斬りかかる。

「邪魔をしないでっ!」

「そうはいかんな。その慌てよう……どうやらあの二人が、ターゲットを捕らえたようだな。だったらこちらこそ、作戦を邪魔されるわけにはいかないっ!」

「くっ!」

 サーベルの一薙ぎを後方宙返りしながら避け、敵との間に距離を取ると、シャーリーは、体の前で湾刀を持ったままの右手を横に大きく振る。

 それに連れて、小さめの魔法陣が五つ、彼女の前に横に並んだ。

「《炎の散弾ファイヤーバレット》!」

 シャーリーの一声と共に、魔法陣から、五発の火球がドンドンドン! と連発される。

「ぬうっ!」

 『葬夜ソウヤ』は高速で横に動いてそれを躱し、外れた火球が着弾して小さな爆発を続けた。

「ほう、優れた体術に加え、魔法も結構使えるとはな……」

 攻撃を躱し、揺らめく炎に照らされる『葬夜ソウヤ』は、シャーリーに声をかける。

「どうだろう、君、我々の仲間にならないか」

「はあ!?」

暗殺者アサシンなんてもんは、報酬次第で誰にでもつくんだろ? 今の倍以上は儲かるぞ」

「ふざけないで! あんなクソみたいな連中と同じ空気を吸うなんて、耐えられるわけないでしょ!」

「『シーズンズ』のことか? ああ、仲間になってくれるなら、君が嫌いな奴は追放してやるよ。君の方が役に立ちそうだしな、色々とね……それに、思うんだけど……君、多分、貧民街スラムの出身だよね? 今の世の中を許せるはずがないと思うが……」

 ガキィン! シャーリーは、相手の言葉を遮って、激しく斬りかかる。

 彼女の表情には、明らかな怒りの色があった。

「好きになれないわね、デリカシーのない男はっ!!」

 サーベルで湾刀を受けた『葬夜ソウヤ』、答えて言う。

「おっと、これは失言だったかな……まあ、返事は今すぐでなくても……」

 ゴオオ! と、今度は、暗闇の中から炎の筋が『葬夜ソウヤ』に向かい伸びてきた。

 『葬夜ソウヤ』はそれを避けると、無駄口をたたくのを止める。


「引き抜きは許さねえぞ……ナンパなら、もっとだっ!」

 闇の中から、姿を見せたのは……

「マシュー!」シャーリーが叫んだ。

 彼女の顔に、一瞬、安堵の色が浮かんだ。彼に、多数の敵を相手にするのを強いてしまったという思いがあったからだ。

 しかし……マシューは紅い服に身を包んでいるが、それでも、体の至る所に、鮮血で染まった部分があるのが分かる。

 シャーリーの表情が、一転して曇った。

「だ、大丈夫!? 血が……」

「心配ない、全部返り血だ……あー、今、中庭には行かない方がいい。明日の朝飯が食えなくなるぞ」

 苦虫をかみつぶしたような表情で、朱に染まった抜き身の刀をぶら下げて、歩を進めてくるマシュー……怒りに燃えた目を『葬夜ソウヤ』に向けて、言った。

「てめえ……よくも俺にこんな気分の悪い真似、させてくれたなっ!!」

 言うなり、伸ばした左手の掌に魔法陣が浮かび、炎の筋が『葬夜ソウヤ』を襲った。

 無詠唱で発動した《火炎放射フレームスローワー》だ。

 斬撃の効かない相手に対し、魔法攻撃に切り替えたのだ。

 シャーリー、マシューの意図を察して、

「これもプレゼントしてあげるわ! 《炎の散弾ファイヤーバレット》!」

 先ほどと同じように体の前で手を振り、小さな魔法陣をいくつか作り上げると、そこから火弾を連続発射する。

 二人の連続した合体魔法攻撃に、『葬夜ソウヤ』は避ける一方となり、最後には「くっ!」と叫んで飛びずさり、二人との間にかなり距離を取った――言い換えれば、後退した。

「あの連中をこうも短い間で片付けたか……流石は勇者だな。だが、忘れてるんじゃないか!? こちらの兵隊は、他にもいるんだよ!!」

 そう叫ぶと、『葬夜ソウヤ』は銀のブレスレットをはめた左手を高く掲げた。

 リィン! と、何か金属性の高い音が響いたように、マシューとシャーリーは感じた。

 そして程なくして、彼ら二人の背後に、ガサッと足音――

「!!」

 振り返ってマシューとシャーリーが見たものは……闇の中から姿を現した、『鋼の紅蜘蛛』のメンバーのリビング・デッド……剣士の男、大柄なはげ頭の男、そしてお頭リーダーの女の姿だった。

「……いっ、いい加減にしろよてめえら! どんだけ、人の死体をオモチャにしたら気が済むんだよっ!!」

 マシュー、思わず怒りの声を上げた。

 だが、そんなものはお構いなしに、三体のリビング・デッドは、グアアと叫びながら、マシューたちに遅いかかる――


  ◇◇◇


 ガシャン、ガシャン、ガシャン。

 鎧が奏でる音を響かせながら、カシームは、月明かりの、母屋の中の廊下を駆けていた。

 現在は空き部屋になっている物も含めた、使用人たちの私室が並ぶエリアまで来たところだった。

 行く手に人影がある。

 長い銀髪、白魔道士の格好をした痩せ型の女性――の、リビング・デッドだ。元は『鋼の紅蜘蛛』のメンバーである。

「敵かっ!」

 カシームは思わず足を止めた。見開かれた瞳は白目、夜目にも分かるほど生気のない顔色、相手がもはや死者であることは一目瞭然だったからだ。

「ガア゛ア゛アッ!」

 銀の光が舞った。女のリビング・デッドが、短剣を手に、カシームに飛びかかった。

 リビング・デッドにされたためなのか、元からの能力だったのかは定かでないが、その跳躍力はモンスター級だ。

「うおっ!」

 カシーム、大盾アイギスでブロック。相手の女は一旦離れる。

(匂いがしたぞ、多分あれ毒が塗ってあるな……刺されたら終わりだ、いやかすっただけでもやべえかも!)

 カシームの行く手を阻む女のリビング・デッド。もはや人としての感情はないはずだが、カシームには、短剣を構えた女の顔が、邪悪な笑みを浮かべているように見えた。


  ◇◇◇


 同時刻、ダッダリアの街の中心部……

 石畳の道を挟んで両側に色々な建物が並ぶ中に、教会がある。周囲の建物より大きめで、造りも格式のある立派な建物だ。

 この世界の創造神ステラティスを祀る教会だが、見た感じは、我々の世界のキリスト教の教会に似ている。

 月光の差し込む、その内部――

 信者たちが座る幾つもの席の周りを、女性像が取り囲んでいる。

 いずれもステラティスの神話の中で、その化身として伝えられる女性たちだ。

 部屋の奥、正面には、ここにもたくさんの立像(こちらも、ほとんどが女性だ)と、大きな宗教画が飾られているが、向かって左手の方に大きなパイプオルガンがある。

 外から見た教会の大きさや格式から見て、さもありなんと思える立派なパイプオルガンだ。


 その前に、一人の男が座っている。

 衣装は礼服、宗教服であるが……枢機卿クラスが着るような立派なものである。

 緑色の髪は非常に長く、その量もかなりの多さだ。

 その髪に遮られて、顔は口元以外よく見えないが、整った、ヒゲのない輪郭からは二十代後半から三十代前半の年齢であることがうかがい知れる。

「そろそろ……最終楽章だな……」

 独りごとを言って、男は、月明かりの下で、上下三段になっているパイプオルガンの鍵盤を叩き始めた。

 厳かで、美しい旋律が、静かに流れ始める――


 この男の名前は『滅日ホロビ』。

 謎に包まれた反政府組織、『独立幻魔団』団長である。

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