第42話 マジでヤバいぞ、こいつらは――②

 ラインフォード邸、離れの地下室。

 アスーロと、木製の杖を握りしめたタミーは、積み上げられている、何らかの原材料を入れた大きな木製の箱の影に隠れている。

 暗視できるメガネで、部屋の様子をうかがいながら。


 少し前に、地下室に駆け込んできたこの二人は、こんなやり取りをしていた。

「勇者さまは地下室に隠れてろって言ってたと聞いたけど……どうするの?」

「俺たちだって勇者パーティのメンバーだ。あいつら、ここで仕留めてやる」

 タミーに答えて言いながら、アスーロは、大きな袋を持ち、それを絞るように、開いた口から中の白い液体を床に撒いている。

「なにそれ?」

「トリモチだよ。今からここに油も撒くけど、そっちはカムフラージュ、本命はこっち。暗さと油に気を取られて、相手はトリモチには気づかないよ。踏んで、動きが止まったところで……」

 袋の中身を空にした後、アスーロは、工房の机の上に置いてあった「武器」を手にした。

「それが、アスぃがずっと作ってた武器なんだね」

「マジックランチャー……こいつで、あいつら二人とも、シャーベットにしてやる!!」

 アスーロが「マジックランチャー」と呼んだものとは……長い鉄パイプの上に、簡素な照準器とトリガー。先端には円錐形の弾頭。

 まさに、第二次世界大戦中にドイツ軍が使っていた、対戦車携行兵器パンツァーファウストとほとんど同じ形と機能の物であった。

 アスーロは、超古代文明について書かれている文献の一冊……古代の国家間の戦争で、このような武器が使われていたという叙述を読んで、これを作り上げたのだ。


 少し、話が脱線するが――

 かように、この世界には、いくつか、中世ヨーロッパの文化レベルからはあり得ないものが存在している。

 やたらと現代的なデザインの女の子のランジェ……いや、その話はひとまず置いておこう。

 例えば、お風呂のみならずシャワーも普通に存在していて、みなが愛用している。

 原材料は我々の世界のそれと同じではないだろうが、ボディソープのようなものも使われている。

 なぜ、そういったものが存在しているのか。

 そんなんファンタジー漫画の世界なんか、設定はテキトーだから……と言ってしまえばそれまでかもしれないが、もう少し考えてみると――

 超古代文明時代も含めれば、この世界には気が遠くなるほどの長い歴史がある。

 であれば、我々の世界から前世の記憶と知識を引き継いで、ここに転生した者はマシュー=鈴木与一ひとりとは限らない可能性が非常に高い。いつの時代から、いつの時代に飛んだのかは分からないが――

 そして、かかる転生者たちによって、これらあり得ないものがこの世界に持ち込まれたり、伝えられたりしたのではないか。このように考えるのが、一番自然な推理であろう。


 話をアスーロに戻す。 

 パンツァーファウストと同様と言っても、弾頭は成形炸薬弾などではなかった。中に詰まっているのは火薬ではなく「魔力」である。

 目標に弾頭が命中して壊れると、中に込められている魔法が発動するという仕掛けである。

 いま、この一発しかない弾頭に込められているのは、氷魔法。

 「氷雪の淑女」の異名を取り、今でも氷魔法に関してはダッダリア……いや王国随一ではないかと言われているSランク女魔道士。

 現在はフラーノのボディガードチームの一員である、フロスト・シュナイマリーに頼んで詰めてもらったものだ。

 アスーロが言うとおり、二人組のどちらかに命中すれば、連れだって行動しているもう一人もまとめて氷漬けにできるだけの威力は、十二分にあった。


 ともあれ。

 マジックランチャーを傍らに置いて、木の箱の物影で、じっと息を潜めているアスーロとタミー。

 一階から地下室に降りる階段の辺りが、ぼんやりと明るくなった。

 先頭に灯と共に歩んでいる小さい人影、その後ろに、体を小さくしながら階段を降りてくる大きな人影。

 意識的に、なのだろうか。二人とも殆ど足音がしていない。

 (来た……!)

 アスーロとタミーに、緊張が走る。

「ひっどい様子やなあ、部屋中油まみれや」

 階段を降りてきた小柄な人物は、指先の灯で地下室の様々な場所を照らしながら言う。

 アスーロは、獲物を手に取った。

 そして侵入者二人は、地下室の中程まで至り――

「ん? な、何やこれ」

 先頭の男が、歩を進められなくなったように見えた。後ろをついて来ていた巨漢も、彼に引っかかったような形で立ち止まった。

(今だ!)

 ランチャーを構えて物陰から飛び出したアスーロは、メガネを緑色に光らせながら、その人物二人に狙いを定めた。


 次の、瞬間――


「見ぃつけた」と、天井から男の声が響いた。

 同時に、天井から何か触手のようなものが、急スピードでアスーロを襲った!

「うわっ!」

 ガシャンと武器を落としてしまうアスーロ、あっという間にその触手状の物にぐるぐる巻きにされると、凄い勢いで天井につり上げられた。

「アスぃ!!」

 タミーも飛び出して来て、兄の方向に杖を向けて、構えた。

「動くなっ! 魔法使ったら、このガキしめ殺すぞ」

 暗視メガネを使っていても、相手の姿は見えない。声だけが、天井の暗闇に響く。

 触手状の物が、まるでボアスネークのようにギリギリとアスーロを締め上げた。

「ぐああっ! タ、タミー、逃げ……」

「逃げるのもあかん! そっから一歩でも動いたら、こいつの命はないで」

「……」

 タミー、為す術なく、その場に立ち尽くす――

「どういうことだよ……敵は……三人いた……?」

 体を締め付けられ、苦しい息の下で言うアスーロに答えて、

「アホぬかせ! お前らみたいなガキ二人捕まえるのに、そんな人数いるかいな。今、分かるようにしたるわ」

 床の小柄な人影の先にあった光球が、ふわり天井に向かって上昇し、上まで至ると大きな光を放った。

「きゃっ!」

 こうなると暗視メガネなど掛けていたのでは眩しくて仕方ない。タミーはメガネを放り投げ、明るくなった地下室の様子を見て、「ああっ!」と、愕然とした。

 いつの間に、こんなことをされていたのか――地下室の天井に、大量の、黒い泥というかヘドロというか……粘着性の半固体の物質がへばりついていて、所々不気味に蠢いていた。

 アスーロを縛ってつり上げている触手状の物も、その物質が変化したものだ。

 そして、床にあった二つの人影も――その物質でこしらえていたダミーだったのだ。

 大小二人の人間をかたどっていた物質が、どろりと崩れ、油まみれの床の上にシミのようなかたちになって広がる。その上に、天井から、大きな泥の塊が、だらりと垂れ下がっていって……ボトッと落ちた。

 泥が溶けていって、その中から、半裸の、小柄な、マスクを被った男が現れる。長く伸びた右手の薬指の先が、妖しく光を放っている。

 その男、勝ち誇ったように言った。

「これがワイの泥魔法や……なるほどなぁ、こないな罠仕掛けとったんか……せやけど、ワイの魔法の前では、ガキの浅知恵もええとこやったな。ちなみに、弟は上で待っとる。この部屋は入りたくないそうや、ハハハハッ!」


  ◇◇◇


 こうして、アスーロとタミーは敵に捕らえられ、現在は拠点アジトの一階の広間にいる。

 アスーロは『スプリング』の泥魔法で体を拘束されている。

 『スプリング』は、自分が使っている泥の、量も動きも形状も硬度も、自在に操る事ができるようだ。

 タミーは両手を縛られ、猿ぐつわを噛まされ、巨漢の『サマー』の手でぶら下げられている。

 『サマー』、もがき続けるタミーの後ろで、相変わらず鼻をクンクンさせている。階下の油(とトリモチ)は、『スプリング』の泥が吸収したので、もう平気なようだ。『サマー』、少し離れたところにいる兄に向かって言った。

「あ~、この、ホンマむっちゃええ匂いがする……なぁ、アニキ」

「何や」

「この、素っ裸にひん向いて、体中の匂い嗅ぎたいんやけど……ええやろか」

「!!」

 身の毛もよだつような宣言に、タミーの全身の血が凍りついた。

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