第41話 マジでヤバいぞ、こいつらは――①
カシームは、ガシャガシャと鎧の音を響かせながら、暗い屋敷の中の廊下を全速力で駆けている。
使用人たちから、離れに戻るのならば、屋敷の中を突っ切った方が早いと教えてもらったからだ。
それでも(ああもう、この屋敷ってなんでこんなにだだっ広いんだよ!)と、思わざるを得なかった。
カシームは、走りながら「インカム」で呼びかけている。
「アスーロ! 無事か!? 返事してくれ!」
◇◇◇
離れ、一階の広間。先ほど、『星々の咆哮』一同でスキュラの絵を眺めていた場所――
マシューの指示に従い、一度は明りが消されていたその部屋に、再び明りが灯っている。
アスーロが立っている。が、その体の所々が、黒い泥というかヘドロというか、あるいはスライムというかの半固体の物質で覆われている。
姿勢を直立不動の形で固定され、身動きができないようだ。
「うっ……くっ……!」
アスーロ、顔に脂汗が滲んでいる。
その背後から、にゅっと細い腕が伸びてきた。
アスーロの背中にいるのは、『シーズンズ』の一人、『スプリング』。
十四歳の少年であるアスーロよりも、背丈が小さい、痩せた男。
だが、マスクからは、立派な茶色い顎髭がのぞいていた。そして、右手の薬指だけが、異常に長いという特徴を持っている。
その右手の親指と中指で、アスーロの耳の中の、必死にカシームがアスーロを呼んでいる声が漏れ聞こえている「インカム」を抜き取る。
「へえ、これでお仲間と話せるんかいな……便利なもんやなぁ、坊主」
言うなり、『スプリング』は指に力を込め、グシャッと「インカム」を潰してしまった。
「んー! んんーっ!!」
タミーの声だ。
彼女は、同じ広間、アスーロからは少し離れたところで――『シーズンズ』の最後の一人、『サマー』に捕まっていた。
トレードマークの、魔法使いの装備――杖もなければ、帽子もない。
口には、白い布で猿ぐつわを噛まされており、両手首を紐で縛られていた。
巨漢の『サマー』は、タミーの縛った両手首を右手でまとめて掴み、その小柄な体をぶら下げていた。
それはあたかも、ハンターが仕留めたウサギの耳を持って体をぶら下げている姿のようだった。
「ん゛ー!」と大声を上げながら、タミー、何とか逃れようと足をバタバタさせてもがくが、『サマー』は歯牙にもかけない。
「げへへへ……」と不気味な笑い声を上げる『サマー』、彼のマスクは『シーズンズ』の他の三人のとは少し違っていた。
彼らが被っているのは、ズタ袋に目と口の周りの穴を開けたようなものだが、他のメンバーのマスクの口元周りは、四角く切り抜かれていた。一方、『サマー』のマスクは、鼻が露出するように、逆三角形の大きめの切れ込みが入っていた。
無精ヒゲがまばらに生えている四角い顎の上の、その鼻をクンクンさせながら、『サマー』は言った。
「アニキぃ……この
◇◇◇
話は、今から半時ほど前に遡る。
ラインフォード邸、二階建ての離れの前の庭先――昼間タミーが水晶玉で魔力を測っていたテーブルやら、攻撃魔法の標的やらが月明かりに照らされているその中を、肩に『スプリング』を乗せた『サマー』が、ノシノシと歩んでいる。
長くて太い両腕をダラリと下げ、ちょっと前屈みになって歩いているので、ゴリラだかオランウータンだか、大型の類人猿が歩いているような感じだ。
「こっちでええんか?」
尋ねる『スプリング』に、くんくんと鼻を鳴らしながら『サマー』が答える。
「間違いあらへん、ワイの鼻を信じてやアニキ……女の子の匂いがプンプンしとる」
灯が消えていて、一件無人のように見える二階建ての離れの建物に向かって、まっすぐ歩を進めてくる――
灯が消えている、離れの広間。
それぞれ戦士の衣装と魔法使いの衣装に身を固め、臨戦態勢を整えているアスーロとタミーが、窓から外の様子をうかがっている。
タミーは、メガネをかけている。そしてそのメガネのグラス部分が、薄ぼんやりと緑色の光を放っている。
これは、アスーロが自作した魔道具、一種の暗視装置だ。
「ホントだ……アス
メガネをスチャッと外しながら、タミーが傍らの兄に言う。
「ひょっとして……あたしたち、狙われてる?」
「かもな」
「でも、どーしてあたしたちの居場所が分かるのよ!?」
「匂い……じゃないかな」
「匂いっ!?」
「あのでかいの、やたらと匂いを嗅ぎまくってた」
タミー、ちょっと慌てた様子で、クンクンと自分で自分の手首あたりの匂いを嗅いで、
「……あっ、あたし毎晩ちゃんとお風呂入ってるよ! アス
「そーじゃないよ」
苦笑しながら、アスーロ、答える。
「多分スキルだ。あいつ、動物並み……犬か何かと同じくらいの嗅覚を、スキルとして持ってるんだと思う」
「えー、じゃあ、どうすんのよ」
「鼻がきくってんなら、こっちにも考えがある。ついて来て」
離れにある、地下室。
広い地下室だが、現在はその面積の半分、アスーロが魔道具開発、製作のために使っている。
数多くの、原材料や工具や(原始的な)工作機械が置かれており、さながら一種の工房の様を呈していた。
そこに、先ほどの緑色に光るメガネをかけたタミーと、アスーロがいる。
アスーロのメガネも、緑色に光っている。暗視メガネに切り替えられる機能を組み込んでいるのだ。
アスーロは、手にした大きな金属缶、上部の丸い蓋が開いているその缶を傾けて、中の液体を床にぶち撒けている。
「それが機械に使ってる油なのね……聞いてたけど、すごい匂い」
鼻をつまんで言うタミーに、アスーロが答える。
「慣れたら平気になるんだけどね……まあ、相手に犬並みの嗅覚があるってんなら、たまらんだろう」
アスーロ、缶を揺すりながら、油を撒き続けている。
◇◇◇
離れの建物の、正面入口ドア付近まで来たところで、『サマー』は急に立ち止まった。
「どないしたんや」
言う『スプリング』に『サマー』、答える。
「……くっさ! 何やねんこれ……油の匂いか!?」
「へえ、ひょっとしたら、こっちが匂いで後を追っとんのに気づいたんか? なかなか賢いガキかもしれへんな……せやけど、今、油の匂いがし出したちゅーことは、ここにおるって
『スプリング』は、すたっと『サマー』の肩から降りた。
「行くで。扉、
程なくして、がたぁん! と、離れの建物内に、大きな音が響き渡った。
正面入口の扉を『サマー』が蹴り倒して、『シーズンズ』の二名は、勇者パーティの
真っ暗な建物内に、ドアがなくなった分だけの月の光が、まっすぐ差し込んだ。
その青い長方形の中を、大小二つの人影が進んでくる。
「暗いな」
言って『スプリング』が異常に長い右手薬指をまっすぐ伸ばすと、その先に、ポゥとソフトボール大の光球が現れた。
中の様子が照らされる。さっきまでメンバー全員が集まっていた広間だ。
『サマー』の方は、油の匂いがきつくてたまらないようだ。
「あかんわアニキ、ここ、
鼻がきくのが災いして、ゲホゲホと咳き込みさえしている。
「ちょっとの間や、辛抱せえ! ……で、この匂いはどっからしとるんや」
「下」
「あそこやな……」
『スプリング』は、地下に向かう階段の入口を照らし出して言った。
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