第40話 狙われてるのは誰なのか――②

 マシューは、シャーリーと共に五体の敵と向かい合っている。

 マシューの相手は『葬夜ソウヤ』とナイフ男……さっきまで長刀を使っていた男だ。シャーリーはマシューの背後で、トンファー使いと片腕の柳葉刀使いと戦っていた。

「いい加減くたばったらどうだっ」

葬夜ソウヤ』が言うのに、マシューは答える。

「おいおいどうした、何を焦っている? 知ってっか? 六対一なら無理だけどよ、五対二ならホームラン一発で同点あるいは逆転だぜ!」

「訳の分からないことをぬかすなっ!」

 『葬夜ソウヤ』はキレ気味になって刀をガキンと打ち込んできた。

 そりゃあ異世界人には分からないよな、とマシューは少し苦笑した。

 そして、ここにはもう一人敵がいる。間隙を縫って、遠距離から分銅で攻撃してくる鎖鎌使いだ。

 ガァと一言吠えると、戦闘中のシャーリーの後頭部めがけ、分銅を放ってきた。

「シャーリー!」

 言うなりマシュー、聖剣を振るって、飛んできた分銅をガン! と跳ね返す。

 マシューは、さっきまで一人で相手の連携攻撃に手こずっていた。しかし、シャーリーが来てからは、互いが互いをカバーしあっており、結構、息が合ったところを見せている。

「マシュー!」

「気をつけろ、事あるごとにあれが飛んでくるんだっ!」

「鬱陶しいわね!」

 トンファー使いの攻撃をちょっと強引にはね除けると、シャーリーは敵に背を向けた。

 「『敏捷アジリティ』!」

 スキルを発動し、稲妻のように鎖鎌使いに向かっていくシャーリー。

 先に鎖鎌使いを倒そうと考え、分銅が手元に戻るより早く相手に接近しようとしたのだ。

 果たせるかな、分銅がまだ宙を舞っている間にシャーリーは相手に接近し、向かって左側に飛び込みながら――

「はあっ!」

 右手の湾刀で、敵のケープを切り裂きながら、首筋に一撃を入れたのが見えた。

「がっ……!」

 シャーリーの意図を察したマシューは、追い打ちをかけた。

 最上級剣士ソードマンスキルを発動した踏み込みのスピードは、シャーリーの「敏捷アジリティ」にも引けを取らない。

「ぬんっ!」

 敵の右側に飛び込みながら、相手の胴を抜き払った。

 ズザッと立ち止まったマシューの所に、シャーリーが寄って来る。

「やった……?」

 シャーリーは期待したようだったが……残念。

 首筋と脇腹から血が噴き出しているにも拘わらず、相手はまだ倒れず、マシューとシャーリーの方を向くと、鎌をふり上げた。

「ああもう! リビング・デッドってホント厄介ねっ!」

「だよな、今の、オークロードだって倒せたくらい決まったのに!」

 うがあと叫びながら、鎌を振り上げた一体が向かってくる。その後ろから、残りのリビング・デッドと『葬夜ソウヤ』が続いて来ている。

「来るぞっ!」

 マシューは再び剣を構え、シャーリーもまた、湾刀を交差させるような形の構えを取った。


  ◇◇◇


「マシュー、そっちの様子はどうだ!?」

 カシームが「インカム」を使って呼びかけてきた。

 マシューの方は、再び始まった二対五の乱闘の渦中。

「ん? 現在中庭で敵と交戦中だ! シャーリーも一緒!」

 鎌やらナイフやら柳葉刀やら……を捌きながら答える。


 カシームは、先ほどまで『ウィンター』と戦っていた馬場の近くの屋外にいた。

 その近くに、メイド頭のジーノ、執事ルークス他、フラーノの私室に立てこもっていた使用人たちの姿が見える。

 また、先ほど『オータム』に襲われていた若いメイドのミラも、この一団に合流していた。

 ルークスから貸してもらった上着を羽織っており、メイドのキャロルに、体を支えてもらっている。

「こっちはレックスやビートたちと一緒だ。みんな命に別状は無いぞ」


「そいつは何よりだ!」

 剣戟を繰り広げながらマシューは答えた。まずは一安心といったところか。

「マシューよぉ、お取り込み中のところ悪いがどうしても気になることがあるんだ。そっちに敵は何人いる?」

(いや、ホントに取り込み中なんだけどな)

 と、思いながらも、マシューは答える。

「ああ? 六人……いや、さっき一人リタイアさせたから五人だ。一人を除いてはリビング・デッドだけどな。それがどうした!?」


「……やっぱりおかしい。いやな、ミラがしっかり見たってーんだけどよ、敵の数は十人らしい。そうだよな?」

 カシームが言う傍らで、ミラがと頷く。

 そう、彼女は屋敷の入り口付近、フードの男五人の側で、『葬夜ソウヤ』が不気味な半裸の男たち――『シーズンズ』の四人に指示を出しているところを、偶然、物陰から見てしまった。そしてその後、ひとり屋敷内で隠れていたが、運悪く『オータム』に見つかってしまったというわけだ。

「俺が一人倒して――」

「あたしも一人やっつけたよ!」

 『葬夜ソウヤ』と戦いながら、シャーリーが割って入った。

「足して八……だよな? 二人足りねえ……あ、ミラが言うには敵にやたらデカい男がいるらしいが、それっぽい奴いたか?」

 シャーリーが答える、「ううん、見てない」。

「やっぱり、何か別な動きをしてる奴がいるな……なあ、そもそも、こいつらの目的は何だ? 物取りに来たわけじゃなさそうだし、ラインフォード邸を焼き討ちに来たわけでもないし……」

「そう言えば……あたしが戦ったクズ野郎が口にしてたわ、ターゲット以外の人間は殺すよう言われてるって」


「ターゲット、だと……?」

 マシューは一瞬訝った。

 そして、マシューだけでなく、シャーリーとカシームも同じ答えにたどり着き、三人同時に「ああっ!!」と叫んだ。

「俺、すぐにあそこ戻るわ!」

「頼んだぞ!」

 慌てた調子で言うカシームにマシューが答えて、通信が終わった。


 迂闊だった。

 よくよく考えれば、今、この邸宅にある最大の「金目のもの」とは、アスーロ・ラインフォードとタミー・ラインフォードを置いて他にはないじゃないか。

 彼らを誘拐でもしようものなら――フラーノは、身代金として全財産だって払いかねないし、何々の事業から撤退しろと言った理不尽な要求だって、飲んでしまうに違いない。

 ちきしょう、何があってもあの二人だけは守るって、心に決めたのに――


 マシューは、己の浅はかさを呪っていた。

 そして、絶え間なく続く敵の攻撃を捌きながら、傍らのシャーリーに言った。

「シャーリーも行ってくれ! ここは俺に任せろ!」

「え、でも……!」

「フラーノさんと約束した! アスーロとタミーの安全が最優先だ! シャーリーも分かってるだろ、こいつら、あらゆる意味でヤバい連中だ! こんなのとあの二人が出会でくわしたら、どんな目に遭わされるか……想像するだに恐ろしいぞ!!」

「……」

 シャーリーは、無言になった。

 彼女は、自分が倒した片腕が義手の「クズ野郎」の事を思い浮かべた。確かに、あんな相手と、アスーロ、タミーが遭遇する場面は、思い浮かべるのすら嫌だ。だが、自分が抜けたら、マシューは再び、多数の相手に一人で立ち向かう羽目になる……躊躇、が、あった。

 マシューは言葉を続けた。

「大丈夫! シャーリーのおかげで一人減ったし、もう負ける気がしねえ! 信じろ、俺は……勇者だっ!!」

 マシューは、後になって、よくもまあこんなこと言ったもんだと思ったらしい。だが、この時は必死だった。

 シャーリー、唇を噛みしめた、後で――

「わかった。任せるわよ!」

「おう、二人を頼む!」

 スキルを発動し、二、三歩助走をつけた後大きくジャンプして、飛ぶようにシャーリーはこの場を離脱した。

のがさん!」

 そのシャーリーを、『葬夜ソウヤ』が、まるで「敏捷アジリティ」のスキル持ちかと思えるほどの速さで追いかけ始めた。

「待てっ!」

 マシュー、一瞬、鬼の面の男を追いかけようとしたが――

「お前ら、そいつを阻め!」

 グルゥ……と唸りをあげている四体のリビング・デッドが、マシューの前に立ちはだかった。


 マシューには、始めから分かっていた。

 この敵を行動不能にするには、単に斬るレベルを超えて、体を寸断してしまえばいいことを。

 だが、相手はモンスターじゃない。もう死んでいるとはいえ、人なのだ。

 現代の日本でも、遺体をバラバラにするのは立派な犯罪だ。今まで、彼にはどうしても躊躇があった。

 しかし……アスーロとタミーに危機が迫っていると分かった今では、もう、そんなことは言ってられない。


「お前たちに恨みはないが……許せ」

 マシュー、頭の位置で、水平にした刀を、切っ先を相手に向けて構える――剣道でいう「霞の構え」と同じ構えが、この世界にもあった。

 続いて、呼吸を整える――ダッダリアのダンジョンでミノタウロスを斬った時と同じように、体全体が赤い光で覆われ、聖剣クリムゾン・フェニックスの刀身もまた、紅い、鈍い光を放ち始めた。

(舞え、クリムゾン・フェニックス!)

 向かってくる相手に対し、はあっ! と声を上げて、彼は駆け出していく。

 それに連れて、無数の鳥の羽の幻影が、宙に舞った――

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