第36話 俺の女を見せてやる――①
ラインフォード邸の馬場における、カシームと『ウィンター』、盾と
カンカンカンカン! と、連続した音が響いている。
『ウィンター』の、
獲物自体が長い上に、『ウィンター』のリーチも長い。
離れた間合いから、息をもつかせぬ連続の突きが入ってきている。
カシームが勝つには、大剣で攻撃できる距離まで遮二無二に近寄っていく必要があるが、この勢いの中では思うに任せない。
カシームは、相手は最上級レベル
微妙に手元で操作して、突きの方向を右、左、上、下と変化させてくる。
左手の盾を動かし攻撃に立ち向かうが、体には当たらないとはいえ、ブロックをかいくぐる突きが幾つか出始めた。
そして……右足元に外れた
「うぐっ!」
思わずカシーム、片膝をつく。
「言ったでしょう、貴方には、万に一つの勝機もないとっ!!」
言うなり『ウィンター』は、
「くっ!」
カシーム、
ガキィン!! 大きな音が響き、一瞬、風が舞った。
必殺の一撃を何とか食い止めたカシーム――ぬあああ! と大きな声を上げながら、盾……の女性像のレリーフに、ギリギリと食い込まんばかりの斧の刃を、渾身の力で撥ね除け、立ち上がった。
その勢いに『ウィンター』は一瞬たじろいだが、すぐに再び
「くっくっ、全くもってしぶといですねえ……でも、いつまで持ちますやら」
『ウィンター』、マスクの下では余裕の笑みを浮かべているに違いない。
一方のカシーム……右足からはダラダラと血が流れ、呼吸もはぁはぁと荒いものになっている。
現時点での旗色は、誰の目にも鮮明だ。
◇◇◇
同時刻、ラインフォード邸、中庭。
勇者マシュー、対、鬼の面の男『
リビング・デッド五体は、息の合った連係攻撃を仕掛けている。
(生きてた頃は、こうやってモンスターを仕留めていたんだろうなあ……)
マシューは、巧みにそれを躱している。
時折見られるマシューの反撃も、的確に相手を捉えてはいるのだが、何せ片腕を斬り落としても怯まない連中、傷を負ってもお構い無しに『ぐあ゛あ゛!』と叫びながら向かってくる。
やや防戦一方になりながらも、マシューは機をうかがっていた。
「あの鬼の面の男を倒せばっ……!」
マシューは、リビング・デッドを操っているのは『
奴さえ斬れば、リビング・デッドの動きは止まるはず。
隙ができたとばかり、『
そして――長刀使いと、モーニングスター使いが、交差するように同時に攻撃してきたのを、後ろに飛んで避けたマシュー。
その背中から、『
(チャンス!)
幼い頃から、師匠に何万回と叩き込まれた巧みな足さばきで、その突きを躱す。
「!?」
ややつんのめり気味になった『
はあっ! と気合いを入れて、袈裟懸けで、聖剣を一閃!
――斬った。確実な手応えがあった。
だが、背中からバッサリいかれたはずの『
「ふふっ、流石は勇者どのの剣技、見事なものだ……だが、剣では俺を倒せない」
(こいつ……どうなっていやがる!?)
言い放つ『
呆然とするマシュー。だがマシューにいつまでも呆気にとられている余裕はない。
間髪入れず、トンファーと柳葉刀が襲ってくる。
それらを躱し、受けながら――
(ちっ、シャーリーが言ってた通りだ……)
マシューは改めて思う。敵は、容易ならざる相手であることを。
◇◇◇
再び、カシームと『ウィンター』の対決――
状況は前と変わらず――いや、『ウィンター』は前にも増して激しく突きを繰り出し、カシームはできるだけ身を小さくして
ガガガガガッと、激しい音がしている。
「あなたの盾が
スタミナ切れなど全くないかのように、攻撃の手を緩めず、『ウィンター』が言う。
「……使うしか……ないな」
ガガガッと大きな音がしている中で、カシームは、小さな声で呟いた。
そして今度は、大きな声で叫んだ。
「――アイギス、起動!!」
ドクン!
カシームが持った大盾が――正確には、大盾中央の乙女のレリーフが――まるで、生物のように、脈打ったように見えた。
「!?」
尋常ならざる様子に、『ウィンター』の攻撃が一瞬止まる。
「起きてくれ、メドー」
「お久しぶりです、ご主人様」
その声は、盾から発せられたものだ。まるで鈴が鳴るような、美しく、そして可愛らしい声色――
◇◇◇
話は、今から二十年ほど前に遡る。
王都ゴールドリマの郊外、ユーバリー伯爵の邸宅。
ラインフォード邸ほどの規模ではないものの、建物も庭も、名門貴族にふさわしい美しさをたたえており、それが陽光の中で映えている。
その広い敷地内の外れにある、小さな納屋。
「えーん、おにいちゃーん、開けてよぉ! おにいちゃーん!!」
扉をドンドンと叩きながら、泣いているのは、当時五歳のユーバリー家四男、カシーム=マトラ・ユーバリーだ。
髪の毛が茶色である以外、現在の姿とは共通点がないと言ってよいくらいの、可愛らしい子供だ。
今、彼は『おにいちゃん』に意地悪されて、さほど陽が差し込まない納屋に閉じ込められている。
犯人は、歳の離れている長男、次男ではなく、三男のザックス=ピート・ユーバリー。
なぜ、そんなことをしたのか――
皆の父親であり、ユーバリー家当主であるレイトン=ハース・ユーバリーは、カシームが生まれた時から分かっていた。
この子には、何一つ、受け継がせる地位も領地も無いと。
残酷な言い方をすれば、ユーバリー家におけるカシームの存在意義は、上の三人の息子たちに「何か」があったときのスペアでしかないのだ(実を言うと、それは今も、なのだが)。
だからこそ――その分、この末っ子には余計に愛情を注いだ。甘やかしていたと言ってもよい。
その「贔屓」が……まだ幼かった三男ザックスには気にくわなかったのだ。
どんなに扉をドンドンしても、効果がないと分かって――幼いカシームは、ぺたんと扉のそばで座り込むと、わああん! と大声を上げて泣き出した。納屋の中の薄暗さが、不安になる気持ちを倍増させた。カシーム、火がついたように激しく泣き出す……
「泣かないで、坊や」
何処かから、女性の声がした。
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