第35話 大盾 VS. 槍斧 (アイギス・バーサス・ハルバード)

 ガキン! ガキン! ガキン!

 部屋の外では、男が槍斧ハルバードの斧部分を何度も扉に打ち付けており、扉は徐々に壊されていく。

 部屋の中では、計八名の男女が怯えながらその音を聞いている――

 ラインフォード邸母屋、フラーノの私室。

 槍斧ハルバードを打ち付けているのは『シーズンズ』の一人、長身痩躯の『ウィンター』。

 部屋の中にいるのはメイド長のジーノ、執事のルークス、アフロヘアのレックス、出っ歯のビートら。

 彼らにとっては、もはや死へのカウントダウンが始まっているのと同じだ。

 メイドのキャロルに至っては、立つこともできずその場にへたり込み、ガタガタ震えている。


 一方で、レックスとビートは、木の棒を剣のように構えている。

 側に、へし折られた箒とモップの残骸がある。持っているのはその柄だった。

 『ウィンター』は、槍斧ハルバードの穂先を突っ込んで、椅子などで作ったバリケードを壊しにかかっており、その音が響いている。

 レックスが言う。

「俺たちが時間を稼ぎますから、その間にみんなは逃げて下さい!」

「じゃが!」

 反駁するルークス。当然だ、武器が箒とモップでは、鎧袖一触も何もあったものではなかろう。

「早まるでない、私が《物体移動スペシャルデリバリー》で何とかする!」

「ルークスさん、使ったらギックリ腰になるでしょう!」

「だったら私の魔法で目眩ましをかけますっ!」

「この部屋にあった紙は、全部魔法の手紙マジックメールで飛ばしたっすよ!」

 ジーノに対して、叫んだのはビート。彼は続けて言う。

「全員死ぬよりマシっす! さっき雷みたいな音がしたでしょ? きっと勇者さま達が、もうここに来て、戦ってるんすよ! アイツさえやり過ごせば、助かるチャンスあります!」

「一生に一度くらい……男らしい真似、させて下さいよ」

 そう言ってアフロヘアの青年は、他の一同に向けて、爽やかに笑ってみせた――内心は、恐怖を感じていないわけがなかったが。


 がらん! と音がして、積み上げていたバリケードが完全に崩壊した。

 半壊した扉で障害物を押しのけ、長身の背をかがめて、『ウィンター』がのそり、部屋の中に入ってきた。

 キャロルが「きゃあああ!」と悲鳴を上げる。

「……全くもって、無駄な手間をかけさせてくれますねぇ」

 それまでの乱暴狼藉っぷりとはギャップがある丁寧な口調の『ウィンター』。逆に、怖い。

「なあビート……あの世に行っても、俺とつるんでくれるかい?」

「……ふっ、レックスはおいら以外友達いねえからなぁ。仕方ねえ、付き合ってやるっすよ」

 ルークスが「よせ!」と叫んだが、二人はを振り上げ、うおおお! と声を上げながら、侵入者に向かって、勇敢というか無謀というかの突撃を敢行した。

 レックスとビート以外の六人は、誰一人、彼らを残して逃げることはせず、固唾をのんで彼らを見ている――

「おやおや、ゴミクズの分際で、私に刃向かおうと言うのですかぁ……全くもって不愉快です!」

 『ウィンター』、何らかの槍斧ハルバードの技を放つ構えに入った。

 このままでは、一薙ぎで、二人とも、首だか胴体だかを両断されるのは確実に思えた。

「や……やめてちょうだいっ!!」

 真っ青な顔をしてジーノが叫ぶが、無論それが『ウィンター』の耳に届くわけもなく、彼は技を放とうと、じりっと足を半歩前に繰り出す。

 その、刹那――


「不愉快なのは、てめえだあぁぁっ!!」


 『ウィンター』の横合いから、叫び声とともに飛び出して来た銀色の塊が、彼をなぎ倒し――いや、もっと正確に言うと、ひとかたまりになって、横の壁に激突した。

 ぐわあん! と大きな音が響いた。

 急に目の前の敵がいなくなったレックスとビートは、立ち止まり、やや呆気にとられた表情でその方向を見た。

「……カ、カシームさん!?」

「おおっと、その上に『ダッダリアいちの色男の』をつけるの、忘れんじゃねーぞ?」

 ニヤリとしながら立ち上がったのは、勇者パーティ『星々の咆哮』の重騎士、カシーム=マトラ・ユーバリー。

 カシームは怒声とともに『ウィンター』に横から、大盾アイギスをぶち当てるようにショルダータックルを喰らわせ、その長身を吹っ飛ばしたというわけだ。

「そこのお前! 相手だったら、このカシーム様がしてやるっ!!」

「ちいぃっ!」

 立ち上がった『ウィンター』は、やにわに部屋のガラス窓の方にダッシュすると、ガシャン! と体当たりでそれを壊し、槍斧ハルバードを携えたまま、屋外へ向かい駆けていく。

「待て、逃げんな、この野郎っ!!」

 カシームは『ウィンター』が壊した同じ窓から外に出て、その後を追う――

 

  ◇◇◇


 外は、相変わらずのおぼろ月夜。

 数刻後、カシームと『ウィンター』がたどり着いたのは、邸内の馬小屋に隣接する馬場であった。

 と言っても、現在、ここに馬は一頭もいない。旅に出ているフラーノと、その一行が使っていたからだ。

 静寂を破るかのように、カシームが叫ぶ。

「てめえ! いつまでも逃げてんじゃねーぞ!」

「逃げているのでは、ないのですよっ!」

 ズサッ! と音を立てて『ウィンター』は立ち止まり、カシームの方に向き直る。

 カシームも立ち止まり、アイギスを構えて、対峙する。


「むしろ、貴方がおびき出されたのですよ……あそこでは、コイツの力を十分に発揮できませんからねぇ」

 槍斧ハルバードの穂先が、月の光に照らされ、銀色に妖しく輝く。

 確かにこの男が言うとおり、この長い獲物を屋内で振り回すのには、限界があるだろう。

「くっくっくっ、全くもって、貴方にはもう万に一つの勝機もないのです!」

「さっきからゴチャゴチャゴチャゴチャうるせえ野郎だな。能書きはいいから、かかってこい!」

 カシームは背中の大剣を抜く。左手に大盾アイギス、右手に大剣。

「まあまあ、そう慌てないで下さいよ……私はね、有名な勇者パーティの重騎士、ユーバリー伯爵のご子息であられる貴方と戦えるのが嬉しいんです。たっぷり時間をかけて楽しませて下さぁい」

「俺のどこが有名なんだよ……あ、あれか? 一晩で十人の女をイカせたことか? ……あー、分かったぞ! 俺の家名を知ってるってことは、お前もどこぞの名家の出なんだな? 大方、使えねえってんで廃嫡されたバカ息子ってとこかぁ?」

 ヒュン!

 いきなり、槍斧ハルバードの鋭い穂先が飛んできた。

 カシームの左の頬にスッと線が入り、そこから血が滲み出した。

「殺す」

 様子が一変した『ウィンター』、槍斧ハルバードを構える。かなりの達人であることは一目瞭然だった。

「……図星かよ」

 もはや、半笑いで、相手に挑発的な言葉を投げつけている場合ではない。

 一転、真剣な表情になったカシームは、盾と剣を構えながら、敵の出方をじっと注視する――

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