第34話 鬼と死霊が吠える夜!

 ラインフォード邸、中庭――

 月明かりのそこに、鬼の面の『葬夜ソウヤ』が、生ける屍――リビング・デッド五人――いや、五体を引き連れて出てきた。

 五体は、全員、人間だった頃の理性を失い「グルゥ!」「ガアァ!!」と不気味なうなり声を上げながら暴れている。

 全員が武装しているのだが、現在分かるのは、柳葉刀風の双剣を持った者、長刀を持った者、モーニングスターを持った者、である。

 彼らは、叫びながら、意味も無く、中庭にある彫像を破壊し始めた。


 その傍らで、『葬夜ソウヤ』は建屋の方を見ている。

 さっきまで大きな音や光が生じていたのだが、今は静かになっている。

(さっきのは……『オータム』の雷魔法か? だとしたら妙だ、雇われ冒険者どもは俺が始末した……まだ敵がいるのか?)

 訝る『葬夜ソウヤ』。

 だが、彼は、粗暴で残酷な、不気味な連中である特殊部隊『シーズンズ』を好んではいなかった。

 特に、女性を陵辱することしか考えていないような『オータム』の如きは――彼が、いや『独立幻魔団』が掲げているはずの、この国の腐敗した王政の打倒という大義とは、ほど遠い人物としか思えなかった。

 団長の命令とあらば、今夜、副団長たる彼は否も応もなく行動を共にする以外なかったが――『オータム』の様子を見に行こう、あるいは助けに行こうなどという考えは、微塵もなかったのである。

(妙なことはまだある、母屋に部屋らしきものがない……一体、何が起こっている?)


 ガサッ。

 足音がして、『葬夜ソウヤ』はその方に向き、破壊行動にいそしんでいたリビング・デッドたちの手も止まる。

 聖剣を携えた、勇者マシュー・クロムハートが、そこにすっくと立っていた――

「おや……これはこれは、ダッダリアの勇者どのではありませんか」

 ややおどけた感じで『葬夜ソウヤ』は言った。『オータム』に何が起こったのかも、これで、彼は察しがついた。

「あなた……いや、あなたたちですかね、なぜこんなところにいるんです? ラインフォード商会の犬にでも成り下がったんですか?」

「せめて番犬って言ってほしいなあ。まあ、いろいろあったんだよ……残念だったなコソ泥。あんたのお仲間の一人は、すでにくたばったそうだぜ」

「ほう……」

「素直にお引き取りいただけるとありがたいんだがな。今夜ここで仮面舞踏会はやってねーぞ」

 言うまでもなく、鈴木与一は前世でこんな場面に出会でくわしたことはなかった。しかし今の彼は、無双の剣技を有する勇者マシュー・クロムハートなのである。堂々と、かつ、やや芝居がかった調子で、薄気味悪い面をつけた敵に対面している。

「そういうわけには……いかないな」

 シリアスな声色になって『葬夜ソウヤ』は言うと、すらりと腰の刀を抜いた。

「俺の名は『葬夜ソウヤ』……一手、ご指南いただこうか、勇者どの」

 マシューも鯉口を切って聖剣を抜き、身構えた。

「仕方ねえ、相手してやるよ……まずはそのふざけた面を斬って、顔を見せてもらうぞっ!」


 二人、ほぼ同時に相手に駆け寄って行き、斬り合いが始まった。

 カンカンカンカン! 

 四手、五手、六手……

 激しく移動しながら、互いに技を繰り出す、受ける、捌くが続き、接近してのつばぜり合いになる。

(こいつ……強い!)

 二人とも、同時にそう思った。

 どうやら腕の力は格闘士グラップラーのスキル持ちのマシューの方が上のようで、『葬夜ソウヤ』はやや押し切られたように飛びずさる。

 はあっ、と一声上げてマシューが追撃しようとしたところに、グアアと唸りながら、長刀を持ったリビング・デッドが乱入してくる。

 長刀の一撃を躱すと、次はモーニングスターが襲ってきた。

「!!」

 これも何とか躱す、すると今度は上空から別の敵が飛びかかってきた。まさに波状攻撃だ。

 これまで分からなかった、この者の武器はトンファー。

 なぎ払おうとしたマシューの聖剣の一撃を、トンファーを装備した両腕でブロックして、一旦後退し間を取った。


 『葬夜ソウヤ』が口を開く。

「ふふっ、勇者相手に一対一の勝負を挑むほど、俺は自惚れてはいない」

「てめえっ……!」

 闇から、ひゅん! と、何かが飛んできて、マシューの顔面を襲う。ギリギリで躱す。

 最後の一体の獲物は鎖鎌。分銅の破壊力は恐るべきもので、マシューが躱した分銅は背後にあった彫像に当たり、一瞬でそれを破壊した。

「ガアアアッ!!」

 分銅の一撃を躱したばかりのマシューを、双剣持ちが襲った。大きくふり上がった右腕から放たれる渾身の一撃――

「ちぃぃっ!」

 マシュー、身をかがめて素早く相手の懐に潜り込み、聖剣を一閃!

 口にはしなかったが、星々流・十二ノ型の「師走」である。

 ボシュッ! と音がして、敵の、柳葉刀を持ったままの右腕が、血潮とともに月の夜空に舞い上がり、そして、落ちた。

 しかし――斬った相手、怯んでいる様子が全くない。右腕から血がダラダラと流れているが、何事もなかったかのように、左の刀で斬りつけてきた。咄嗟に剣を横にしてそれを受け、後退するマシューに声が飛ぶ。

死人しびとを何度斬ったところで、効果はないよ」

「……悪趣味な野郎め」


 マシューは、敵に取り囲まれた。

 長刀使い、モーニングスター使い、トンファー使い、今はヒュンヒュンと分銅を振り回している鎖鎌使い、そして片腕になった元双剣使い。

 斬っても倒れず退かず、容赦ない攻撃をしかけてくるリビング・デッドたち。

 魔法に秀でていれば、彼らの魂を操り人形から解放できるかもしれないが、マシューには無理で、物理的に沈黙させる以外、道は無い。

 ケープ付きのコートの下は田舎くさい格好のこの五体、生前は相当の実力者だったことは容易に想像できた。

 残る鬼の面の男『葬夜ソウヤ』の実力も、侮れない。

(六対一か……こりゃあ、ちょっと、きついかもな)

 イヤな汗が流れ始めたことを、マシューは自覚した。

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