第33話 彼女はもっと許さない――③

 その頃、勇者マシュー・クロムハートは、母屋に向かう途中、中庭の内を走っていた。

 先ほどの、大気を震わす落雷のような轟音が、彼の耳にも聞こえた。

 マシューは、思わず足を止めた。

 屋敷の周りの木々で休んでいた鳥たちが驚いて、ギャアギャアと鳴きながら、夜にもかかわらず飛び立っていく。

(何が……起こった?)

 マシューは、右の耳の中にセットしていた「インカム」に人差し指と中指を添えた。これがこの魔道具を起動するポーズだ。

「シャーリー、何があった? 返事しろ!」

 ザザー。

「シャーリー、おい、シャーリー!」

 ザ、ザー。

 「インカム」から聞こえてくるのは、雑音だけだった――

「……」

 マシューは、不安げな顔で、母屋の大きな建物の方を見た。

 

  ◇◇◇


 再び、ラインフォード邸のメイン・ダイニング・ルーム。

 二度三度、「インカム」から人の声のような、そうではないような雑音が響いたが、やがてそれも止まった。

 シャーリーは、床に倒れている――

 だが、よく見ると変である。

 攻撃を受けたのなら、傷の一つもついているはずだが、どこにもないのだ――顔にも、体にも。

 パチリ。

 長い睫毛に覆われた双眸が開く。そこには、しっかりとした光が宿っている。

「よっ」

 彼女は「跳ね起き」を決めて立ち上がった。

「あいたた……ふう、衝撃は結構あったわね」

 手でパタパタと、服についたホコリをはたいている。

 完全に、ノーダメージだ。

 では、『オータム』の方は?

 彼は立ってはいた。が、雷に打たれ、ボロボロの姿になっていた。持ち物の何かが焦げたのか、白い煙の筋が幾つも立っている。

「あ……が……」

 『オータム』が両膝をつき、同時に、武器だった左の義手が壊れて体から外れ、ガシャンと地に落ちた。

「――そんなことだろうと思ったわ……自慢じゃ無いけど、あたし、クズを相手にしたことは多いんだよね……だから、何となく読めちゃうんだなあ」


 一体、何が起こったのか。

 『オータム』は満を持して《黒い雷神の怒りブラックサンダー・レイジング》を放ったが、振り向いたシャーリーの右腕には、既に、魔法陣が輝いていた。

 彼女が使ったのは、《反射魔法リフレクション》。

 丸形の盾バックラーをもった戦士が攻撃を防ぐかのように、シャーリーは、右手の肘を直角に曲げた構えで、魔法陣で雷撃を受け止めた。

「くっ!」

 敵の雷魔法の威力は確かに驚くべきものだった。魔法陣は砕け散り、衝撃でシャーリーは仰向けにひっくり返ることとなったが、雷撃はものの見事にはね返され、『オータム』が喰らったというわけだ。


「あのくらいで、あんたがくたばるワケないし……それに、あんた腕に魔力増幅器仕込んでたよね? 何魔法か知らないけど、絶対魔法で攻撃してくるって、分かってたわ」

「ばっ……ばっ……馬鹿なぁ! わ……分かってたとしても……あ、あれだけ雷撃を増幅したんだぞ! 本職の魔道士でもねえのに、返せるわけが――」

 『オータム』の、もはやほとんど泣き言のような叫びを遮って、シャーリーが言う。

「いやあ、今日初めて使ったんだけど、結構役に立つのねこれ……こんなこともあろうかと、借りてよかったわ」

 そう言ってシャーリーが、ジャケットの内ポケットから取り出した物は――直径六センチほどの、青い、猫の顔を模したブローチ状の物体。

 彼女はそれを、お手玉のようにポンと宙に投げると、またキャッチした。

「ま、魔力増幅器っ……!?」

 そう、魔力増幅器である。昼間、タミーがテストしていた物――スペアを含めて二個あったうちの一個が、彼女の手の中にあった。


「とことんジコチューだよね、あんた。それが敗因よ」

 シャーリーは、膝をついて動けずにいる『オータム』に近づいていく。

「相手にも自分と同じスキルがあると思いもしない」

 迫る。

「相手にも魔力増幅器があると思いもしない」

 迫る。

「そして」

 すぐ側に立ち、相手を見下ろして、続けて言う。

「相手の痛みが分からない」

 『オータム』は感じ取った。彼女の瞳に、まるで処刑人のような、青い、冷徹な光があることを。


「ひ、ひっ……!」

 『オータム』は逃げだそうとした。

 が、上手く立つことができず、尻餅をついた。

「聞こえてたよね? 理由は三つあるって――地獄に行く前に、ちゃんと教えてあげるわよ」

 シャーリーの右足の戦乙女の脛当バルキリー・グリーブから、ヴウウウウンと、低い断続音が聞こえ始めた。

「な、何をする気だ……やっ、やめろ……来るなあっ!」

 仰向けになったままで、必死に後退する――

 この男は気づいただろうか。

 シャーリーを前にした自分の姿と、ほんの少し前の、自分を前にした見知らぬメイドの姿は、ほとんど同じであることを……


 シャーリーが、大きく右足を振り上げる。

「ひぃぃぃぃ!!」

 『オータム』、恐怖の叫びを上げた。

(あんたが散々踏みにじってきたひとたちの痛み……全部まとめて、思い知れっ!!)

 ずん!! という、鈍い音。「ひぎゃあああ!!」という、何とも哀れな悲鳴。

 シャーリーは、戦乙女の脛当バルキリー・グリーブで最大限に加重した足で、おもいっきり、『オータム』の股間を踏みつけた。

 冗談抜きにトンレベルの衝撃があったのだろう、踏みつけるのと同時に、石でできた床には蜘蛛の巣状のヒビが生じた。

「理由その三は、あんたはもう、二度とできないってことよ!」

 『オータム』、口から泡を吹いている。今度こそ本当に、ピクリとも動かなくなった。

 運良く命があったとしても、文字通りの再起不能なのは、火を見るよりも明らかだった。


 読者諸兄に告ぐ。

 シャーリー・セラッティという女性を、本気で怒らせるのは、決して得策ではない――


  ◇◇◇


 ザ、ザザー。トントン、トントン。


 あっ……やっとつながった。

 ごめん、何か言ってるのは分かってたんだけど、すぐ近くで雷魔法使ったヤツがいてさ、それでおかしくなったみたい……

 叩いたら直った……うん、大丈夫、一人やっつけた。

 えっ? ……そうね、相手がすごいクズ野郎だったからさ、正直まだ機嫌悪いかな……

 今どこ? ……分かった。そっち向かうけど、ポーション一本飲んで、ちょっと休んでからにする。

 うん、マシューも気をつけて。結構、一筋縄じゃいかない相手みたいよ……


 あっ、あのさ、マシュー……


 心配してくれて……ありがと。

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