第32話 彼女はもっと許さない――②

 ラインフォード邸母屋、ダイニング・ルーム内での、シャーリーと『オータム』、「敏捷」アジリティのスキル所有者同士の対決。

 互いに、高速で動いている――先ほどから、『オータム』が攻撃しては、シャーリーが躱すという展開が続いていた。

 再び、『オータム』のフックが空を切った際、シャーリーはわざと遠くまで逃げず、『オータム』のすぐ背後に陣取ると、耳元で囁くように言った。

「無理の理由そのいち――あんたじゃあたしを捕まえられない」

「っ……!」

 マスクで見えないが、おそらく今、『オータム』の顔には青筋が何本も立ったに違いない。

「この……クソアマああっ!!」

 怒号とともに、『オータム』は体を捻って義手の左腕の方を振ったが、その際異変が起こった。

 それをスウェイして避けたはずのシャーリーの黒髪が、数本、切断されて宙に舞ったのだ。

「!」

 見ると、義手――即ち左の前腕部の中に仕込まれていた、大きなアーミーナイフの様な刀身が、真横に飛び出ていた。

「残念だぜ……そのカワイイ顔と胸を切り刻むのは、ヤった後にしようと思ってたんだがなぁ」

「下衆がっ!!」


 互いに刃物を持って、戦いはますますヒートアップした。

 常人では、月の光により煌めく互いの刀身の光が、縦横無尽に飛び交い、また打ち合って火花を散らすところしか見えなかっただろう。

 それでも、外れた攻撃が当たったり、次の跳躍のための足場にされたりで、ダイニング・ルーム内の椅子、テーブル、壁の大きな柱時計、その他の調度品……が、次第に破壊されていく。

 やがて戦場は、この部屋に隣接しているキッチンにも広がった。

 食器の入った戸棚などが破壊され、天井から吊り下げられていた生ハムの原木が切られて地に落ちる。

 シャーリーは何度も斬撃を繰り出すも、相手は義手の左腕全部を使ってガードしてくるため、なかなか有効打を与えられない。

 逆に、『オータム』が刃を繰り出す。

 シャーリーが躱すと、それは、小麦粉が入った大きな麻袋に当たった。

 あたり一面に、白い粉が舞う。


 そんな煙の中から、シャーリーが、手もつかずに後方宙返りを二度、三度と繰り返して、キッチンからダイニング・ルームに戻ってきた。

 シャーリーが着地したところで、隙ありと見たのか、

「もらったああああ!!」

 大声を上げて『オータム』が飛びかかる。アーミーナイフの左腕を、思い切り薙ぐ。

 まともに当たれば、ひとたまりも無い一撃だが――

 シャーリー、あえて斬撃の方に飛び込んでいき、上半身を思い切り反らす。

 何たる柔軟性か、ほとんど床と平行になるまで体を反らした。

「なっ……!」

 必殺の一撃を躱された『オータム』、驚いたが、もう遅い。隙だらけになっている。

 いち早く、体勢を整えたシャーリーが――

 (戦乙女の脛当バルキリー・グリーブ、起動!!)

 彼女の右足の脛当から、ヴン! と鈍い音がした。

 シャーリーは、古代遺物レガシィの力を借りて、強烈な回し蹴りを相手に見舞う!

「げはあっ!!」

 『オータム』の体が吹き飛ばされた。恐ろしい勢いで、背後にあった大きな暖炉に激突し、ドオーン! と、屋敷じゅうに響き渡るような激しい音を立てた。

 中に残っていた灰と炭が飛び散り、衝撃で暖炉の周りの飾りマントルピースが壊れ、『オータム』の体の上にバラバラと降り積もった。

 空手で言う残心の姿勢で、立っているシャーリーが言う。

「無理の理由その二――あんたのモノなんかじゃ、あたしはヒィヒィ言わない」


  ◇◇◇


 その後、ダイニング・ルームは、それまでとは対照的な、静寂が支配する空間となった。

 月の青い光が、静寂をさらに強調しているようにも思える。

 シャーリーは、相手が突っ込んで、破壊された暖炉の方に向かう。

 相手は、暖炉の中から二本の足だけを出した状態で、全く、ピクリとも動かない。

 まあ、衝撃音と暖炉の壊れっぷりからみても、それも道理というほどの会心の一撃ではあった。

「口ほどにもないヤツ。あーあ、理由はその三まであったのになあ……最後まで言えなかったじゃないの」

 シャーリーは、手にした湾刀をくるんと一回しして腰の鞘に納めた。


(ククク……あめぇ、あめぇぞ、このアマ……)

 シャーリーの言葉を聞き、暖炉の中、炭と壊れたレンガまみれの『オータム』は思う。

 これほど打ち据えられたのだから、ダメージは相当あった。だが、気を失ってもいなかったし、ましてや死んでもいなかった。

 このまま動かずに、シャーリーが勝利したと思って、油断したところで攻撃する――『オータム』の肚は決まっていた。

(冒険者やってた頃は、俺の雷魔法は一流って言われてたんだ……!)

 義手の左手の肘に近い部分から、ヴンと微かな音がした。

(しかもこの手には、魔力増幅器が仕込んである……魔力を増幅して、増幅して、増幅しきったところで、一発喰らわせてやる……!)

 パチ、パチ、パチ……『オータム』の左手に、僅かなスパークが現れ始めた。

(例え魔法が使えたところで、こいつはちょっとやそっとじゃ防御できねえ……よくもこの俺をコケにしてくれたな、報いを受けさせてやる!)

(そうだ、制裁、制裁だ! 言うことを聞かない女は、みんな、雷魔法こいつで制裁してやったっ!! の女と同じように、気絶した後で、穴という穴に入れてやるぜ!)

(いや……こんだけ出力上げたら、気絶じゃすまなくて、死ぬかもなあ……ククク、それならそれでかまわねえ! ヤることに変わりはねえ!)


 タッ、タッ、タッ。

 『オータム』の耳に、足音が聞こえた。しかもそれが、遠ざかっていく。

 『オータム』は、極力音を立てないように、体の上の炭やレンガを払うと、こそこそと暖炉の外に出る。

 シャーリーが、この場を離れようとしていた。その後ろ姿は、隙だらけだ。

 マスクから覗いている『オータム』の唇の端が、まるで耳に届かんばかりに釣り上がった。そして――

「喰らえおんなあッ!! 《黒い雷神の怒りブラックサンダー・レイジング》!!」

 『オータム』の、伸ばした義手の先に丸い魔法陣が現れ、そこからバリバリと稲妻が迸った。

 それは、一瞬のうちにシャーリーの背中に迫っていく。光が走るのが、建物の外からも確認できた。

 シャーリー、振り向く――

 ドオオン! 

 まさに雷が落ちるのと同じ音が、屋敷中に響き渡った――


  ◇◇◇


 ラインフォード邸のメイン・ダイニング・ルームは、もはや、廃墟同然と化した。

 傾いた状態で壁に掛かっていた大きな絵画の一つが、ガタンと音を立てて地に落ちた。

 再び、静寂が支配する部屋の中。

 真っ白い煙が立ちこめていたのが、少しずつ晴れていく。

 そして、見えたのは――仰向けに倒れている、シャーリーの姿だった。

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