第28話 迫る死の影、鬼の影――①
「お頭ぁ! 交代が来たぞ!」
若い剣士の男が言うと、詰所の中から、のそりと人影が現れる。
大柄な――正直、太っていると言ってもよい――女で、歳は四十前後であろうか。
顔立ちはそこそこ整っており、いかにも「女傑」という感じである。
この女性が『
他のメンバー二人も、彼女について表に出てきた。
一人は、長い銀髪の、やや地味な顔立ちだが美人の二十代痩せ型女性、白魔道士の格好をしており、回復担当のようだ。
もう一人は三十代前後のはげ頭、カシームと同じくらいの巨漢。おそらくは、同様に、前衛担当であろう。
紅蜘蛛のお頭が口を開く。
「おや、あんたらかい、あたしたちの後は」
「へい。いやー、ラッキーでしたよ。抽選に当たっちゃって」
人の良さそうな感じを漂わせながらラティスが言う。
「聞きやしたよ、皆さん明日から、長いことダンジョンにこもるんですってね」
「耳が早いねぇ……そうとも、勇者パーティが新記録挑戦してからまだ日が浅いし、かなり深くまで行っても、フロアボスは半分以上おるまい……フフフ、今がかき入れ時さね」
「ご武運お祈りいたしやす。じゃ、お近づきの印ってことで、一杯、ご一緒にどうっすか。ウチの地元から持ってきた
ラティス、背負っていた大きな酒瓶を体の前に持ってくる。
「ありがてえ! 俺、体冷え切っちまってたんだよ!」
お頭が答えるより前に、剣士の男が言った。
「あんたねえ……まあ、いい。明日からの仕事の前祝いとして、いただくとするかね」
「そうこなくっちゃ! 俺たちゃ北のパーティ『六杯の火酒』、酒はお仲間お友だち、でさぁ!」
「詰所に杯があっただろ、人数分持ってきな」
お頭が、白魔道士の女に指示をした。
◇◇◇
その頃、ダッダリアの冒険者ギルド本部――
ギルドマスターのデミトリー・バシリエフは、食堂兼酒場になっているスペースでたくさんの書類に囲まれ、何やら書き物をしている。
向かい側にはギルドの職員――ネコむ……いや、ネココというケモミミの娘がデミトリーの作業を手伝っている。
二人は、一日の商いの
書類の束でトントンと机を叩いて揃えると、デミトリーは言った。
「ふぅ……やっと終わった」
「今日も多かったですね~」
ネココが応えて言う。
「やっぱり『星々の咆哮』が新記録チャレンジしていた影響でしょうか?」
「間違いないな……ああ、君、遅くまでつきあわせて済まなかった。もう、帰っていいぞ」
「――こんな時間に帰れって言われても……」
「あ……済まない、私としたことが気が利かなかったな、送っていこう」
デミトリーが立ち上がって、彼女のところへ行くと、
「そうじゃなくてですね……マスター……」
ネココ、上気した顔でデミトリーを見上げる。
「う゛っ……」
声を上げるデミトリー。ネココは、ガタンと椅子から立ち上がると、デミトリーに迫り始めた。
「こんな夜中まで、男と女が二人きりでいたら、どうなるか……分かりますよね? 子供じゃ……ないんだから……」
先に述べた通り、ダッダリアの冒険者ギルドの職員の殆どは獣人であるが、獣人の女性職員たちの多くが、職を与えてくれたデミトリーに恩義を感じているのみならず、獣人界では間違いなくイケメンである、ナイスミドルのデミトリーに惚れ込んでいるのだ。
誰がデミトリーを射止めるか――水面下では、激しい女の戦いが繰り広げられていたのであった。
「あ、いや、その、君ね……」
デミトリー、及び腰で、後ずさり。
「いいですよ、マスターなら……今夜、あたしを、食べちゃっても……」
彼女が尻尾をくねくねさせながら、殆どデミトリーをテーブルの上に押し倒さんばかりに、更に迫っているところで――
がたぁん! と大きな音がして部屋入り口の扉が開き、
デミトリーと、ネココは、すぐその方に駆けつけた。
全身を朱に染めて倒れている人物、その顔は――
「ラティス!」
デミトリーが叫ぶ。そこにいたのは――北国からやってきた、丸顔の、愛嬌のある男だった。
「君、回復魔法は!?」
「短縮詠唱で使えます!」
「よし!」
デミトリーとネココは、力を合わせて、回復魔法をラティスにかけようとする。
さっきまでのムーブはどこにやら、すぐに切り替えられる点が、流石はデミトリーが選んだ人材と言いたいところなのだが……
「よせ……俺はもう……助からん……魔力の……ムダ……」
言って、ラティスはがばっと血を吐く。
「ラティス!!」
デミトリー、ラティスを抱き起こす。
「み……みんなやられた……みんな……死んだ……」
「お前らほどのヤツらが、誰にっ!!」
「おっ……お……に……」
それだけ言うと、ラティスの手足から力が抜け、首がガクンと傾いた。
その目は、かっと見開いたまま――もう何を呼びかけても、何の魔法をかけても、無駄なことは明白だった。
「……」
デミトリーは、ラティスの目を閉じさせてやると、その体を静かに横たえた。そして、傍らの彼女に向かって言った。
「……今夜、ラティスたちは、ラインフォード邸の警備の仕事をやる予定だったな」
「あ、はい……」
「本部周辺の宿屋にいる冒険者を集めてくれ……Bランクでもノービスでもかまわん、全員たたき起こせっ!」
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