第27話 来たよ勅使とクエストが――②

 マシューとシャーリーが遠くを見やると、カシームがこっちに走って来ていた。

「勅使が来るぞ!」

「お前たち、稽古は一旦ストップだ」

 マシューはラインフォード兄妹に言う。

 その後、彼らは、勅使を迎えるため整列した。前にマシュー、カシーム、シャーリーの三人。その後ろにアスーロとタミーが並び、片膝をついた姿勢を取る。

「うわあ、緊張してきたぁ」

 とタミー。

「いいか、何かあっても、妙なこと言っちゃダメだからな」

 とアスーロ。

 姿勢を整えながら、マシューがカシームに言う。

「随分時間がかかったじゃねえか、何があったんだ?」

「見りゃあ分かるよ」

 片膝をつきながらカシームが答える。

(見りゃあ、って、どういうことだ?)

 マシューは疑問に思った。が、それが解消されるのに長い時間はかからなかった。


 マシューたちが準備を整えてしばらくしてから、お付きの者の男二名を連れ、勅使が現れたが――老人である。

 それも尋常じゃないくらいの高齢――九十歳を超えているのではないかと思しき老いた男性である。

 身なりこそ整っているが、長い髪とヒゲは真っ白、腰が完全に曲がり、片手で杖をつき、膝をガクガクさせながら歩いてくる。

 正直、今、ここで、ポックリ逝ってしまっても不思議ではない――と、すら、彼らには思える感じであった。

 マシューたちは、全員下を向いたまま、ひそひそ話す。

「だ、大丈夫なんですかあの人は?」

「だから喋っちゃダメだって!」

 五人全員が思っただろうことを、タミーが正直に口にしたが、アスーロが即座に釘を差した。

 が、大変失礼な話だが、ちょっと半笑い気味になっていた――全員が。

「ここの敷地も広いだろ? 中に入ってからは、俺がちょこちょこ運んできた」

 カシームがこれも小声で言う。マシューは思った。

(なるほど、そりゃ、時間がかかるはずだ……)


 しかし――その老勅使が、前列三人中央のマシューの前に立った時異変が起こり、彼ら全員が目を丸くした。

 老勅使、やにわにピンと腰が伸びて、惚れ惚れするような直立不動の姿勢になった。

 杖をお付きの者の一人に渡し、もう一人のお付きの者から、巻物になっている「勅書」を手に取る。

 お付きの者たちが彼の後ろに行って跪いて控える中、老勅使は、勅書を広げる。

 その後、九十を超えた老人とは思えないほどの大声で、朗々と言うのであった。


それがしは、唯一無二にして偉大なる我が国王、ロイス=ベリック・イル・プランタ陛下の臣、エビイ・クラレンスと申す! これなるは、畏れ多くも国王陛下が直々にしたためめられた勅書である! ダッダリアの勇者マシュー・クロムハートへ、次の儀を申し伝える! 王国の南方、ビスカス島周辺の海域に出没するモンスター、スキュラを討伐せよ! 出立の日は、来たる四月二日とする!」

(今から二週間もないな……)

 マシューは思った。老勅使――エビイは続けて言う。

「なお、今回の討伐には王宮騎士団より選りすぐりの者、十名が同行する! 一致協力して事に当たられたし!!」

「勅使殿、お役目大義でございます。陛下にお伝え下さい。ダッダリアの勇者マシュー・クロムハート、不肖の身ではございますが、これなる仲間の者とともに、王命を果たすべく、全力を尽くします」

 マシューはテンプレ通りの口上を述べると恭しく両手を差し出し、エビイは再び丸めた勅書を渡した。


 これで、儀式セレモニーは終わった。

 後ろに控えていたお付きの者が杖を渡すと、エビイは腰を曲げ、またガクガクと震えだした。元の老人に戻ってしまったのだ。

(何かの魔法なのかスキルなのか? これは……)

 マシューが疑問に思っている間に、エビイらの一行は、またノロノロと、来た道を引き返し始めている。

「ち、勅使さま、せめてお茶の一杯でも飲んでいきませんか?」

「そうですよ、すぐ用意します!」

 シャーリーとタミーの言葉に、エビイは答えて言う。先ほどとは打って変わった、細々とした声で。

「勅使はもてなしを受けることを固く禁じられておるのでな……気持ちだけ頂戴しておくよ……では、頼みましたぞ」

 再び歩き始めた勅使一行。カシームが「あ、俺、送っていくわ」と言って、その後を追っていった。


(スキュラ退治、か……)

 マシューは、前世で読んだ「原作」のことを思い出す。

 漫画では、トーヤを追放して以降、『星々の咆哮』はクエスト失敗続きとされていた。

 僅かなコマしか費やされず、詳細が描かれていなかったが、もし漫画の中でもこの依頼があったのなら、失敗したということだろう。わざわざ遙か彼方の南の島まで行って……

 鈴木与一として、スキュラという海の怪物が、ギリシャ神話に出てくることは知っていた。しかし、漫画では未登場なので、この世界のスキュラについては情報がない。

 どんな姿で、どんな能力を持っているのか……

 だが、勇者パーティが出張っていかなければならないくらいなのだから、Sがたくさんつくランクの、強敵には間違いない。さすれば、アスーロとタミーは――

「おいお前たち、今の依頼についてだが――」

 マシューが二人に声をかけようとした時には、遅かった。

「よしタミー、俺たちの初仕事だ! 今からスキュラについて徹底的に研究し、攻略法を練るぞ!」

「おうよアスぃ! ついでにビスカス島の観光スポットとグルメも徹底調査だぁ!」

「それはいらん!」

 離れの建屋、おそらくは文献でいっぱいのアスーロの部屋を目指して、全力ダッシュしている。

「おーいアスーロ、素振り五百回は!?」

「寝るまでにはやっときますよ、勇者さまー!」

 振り返りもせずに答えて、走っていく。

「……まったく、あの二人ったら」

 シャーリーがクスクス笑っている。

 マシューも、一緒に苦笑せざるを得なかった。


  ◇◇◇


 その日の夜、ラインフォード邸、正面入り口付近。

 今夜もおぼろな月と、星々の瞬きが美しい。

 入り口のすぐ近くに小さな小屋――詰所があり、窓からは灯が漏れている。

 詰所のすぐ側でたき火がパチパチと音を立て、両刃のロングソードを腰に携えた若い剣士の男が暖を取っている。

 もう春とはいえ、やはり夜の屋外は、まだ冷えるのだ。

「う~っ、さみぃ」

 剣士の男は、寒さと戦っていた。


 この男は、ダッダリアの冒険者ギルドに所属するAランクパーティ、『はがね紅蜘蛛べにくも』の一員である。同パーティは男二名、女二名の計四人からなり、残りの三人は詰所の中にいる。

 フラーノ・ラインフォードは、数名の元SまたはAランク冒険者、或いは、元王宮騎士団のメンバーといった者たちをボディガードとして雇っているが、彼が自宅を離れる際は、ボディガードも同行するため、ダッダリアの冒険者ギルドに依頼を出し、警備の者を雇っている。

 一日交替制、Aランク以上限定の仕事。

 報酬が高く、比較的安全性も高いので、毎回抽選が行われるほどの人気の依頼であった。


「よお」

 たき火の側の、剣士の男に、声がかかった。

 ハッとして、見ると、そこにいたのは小柄で小太りな男、年の頃なら三十くらいだろうか。

 頭にターバンを巻き、薄緑のベストに焦げ茶色のズボン、腰には短剣を装備している。

 この世界でも、野暮ったい――というか、田舎くさいと言われる格好、である。

 片手に持った紐と注ぎ口がつながっている大きな酒瓶を、背中にしょっている。

 そしてその丸い顔には、無精ヒゲとともに、何とも言えぬ愛嬌がある。

「そろそろ交代の時間だよ」

「あんたは確か、『六杯の火酒』の――」

「ラティスだ」

 ラティスの後ろには、すっぽりフードを被った、五つの人影があった。

 そのうち何人かは、長刀、モーニングスターといった武器を携えている。

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