第26話 来たよ勅使とクエストが――①
引っ越しの完了から、数日が経過した。
ラインフォード邸の離れの庭先には、新たに、剣術の打ち込み用の人型や、攻撃魔法の的なども置かれ、勇者パーティの
そこで、マシューはアスーロと、練習用の木剣で打ち合っている。
アスーロがやあっと気合いを入れて、一生懸命一太刀入れようとするが、マシューは何発かの打ち込みを捌くと、最後に剣先を喉元に突きつける。
「うっ……参りました。まだまだ修行が足りませんね」
剣を引きながら、マシュー、アスーロに答える。
「いや、やっぱり、筋は悪くないと思うぞ。少し休もう」
その辺の木の枝に引っかけていた布で、二人は汗を拭う。
もちろん、鈴木与一は前世では剣を使ったことも、ましてや人に剣術を指導したことなど、あるわけがない。しかし、今の彼は星々流の達人、勇者マシュー・クロムハートである。
師匠に習ったままに、手をこうしてみたらとか、足の運びはこうだとか、アスーロに指南すると、
「ああ、確かに、この方がしっくりきます、勇者さま!」
と、アスーロはえらい勢いで感動するのである。
(……お世辞か?)
マシューは思ったが、稽古が進むにつれ、アスーロが上達しているのは間違いなかった。マシューは、我ながら、驚きを禁じ得なかった。
すこし離れたところに、シャーリーとタミーの姿がある。
シャーリーはいつもの黒ずくめの格好だが、タミーの方は本日は魔法使いルック。
一般の人ならティータイムにでも使いそうな白いテーブルと椅子のセットのところに二人は立っていて、テーブルの上にはタミーのとんがり帽子が置かれ、台座に置かれた大きな水晶玉が鎮座している。
「じゃーん」
と、口で言いながら、タミーがシャーリーに見せたのは、直径六センチほどの大きさの、猫の顔を模した丸い青いバッチだがブローチだか。
「あらカワイイわね。それ何?」
「ふふふ、これはアス
言葉通り、タミーは魔力増幅器を帽子の横っちょにセットして、被った。
「これであたしの魔力量は通常の三倍になるのです。測定したらきっと水晶玉が割れるのです」
「割れねえし、三倍にもならないよ!」
アスーロがツッコミを入れる。
「せいぜい三十パーセントアップしたら大成功だよ」
「えー、そうなの、つまんないなあ……あ、そうだ」
タミーは服から同じ形と色をした魔力増幅器を取り出した。
(おや、あれは二個あったのか)
マシューは思った。
「二個いっぺんに使えばきっと通常の三倍になるのです! 水晶玉も割れるのです!」
「なんで通常の三倍と水晶玉割りにこだわるのかなあ!? つか、ダメだって!」
アスーロがタミーのところに駆け寄って、言った。
「言ったろ、魔力増幅器の使用は体に負担がかかるって! そっちはいざという時の予備なの! いっぺんにたくさんの増幅器使ったら、内臓がやられちゃうんだからな! こいつは俺がタミーに合わせて作ったから、街の武器屋で売ってるものより負担がかからないとは思うけど……それでも、タミーくらいの歳の子が使うには、何回もテストして、調整していかなきゃモノにならないんだからな、分かった!?」
「はーい……」
「分かったら数値測定して」
「あのさ、まさか数値が千超えて、魔力量が〇二しかないと出るとか……」
「ねーよっ! つか千超えてもちゃんと計れるから、それ!」
「ったく、もう……」
ブーたれながらアスーロがマシューの方に戻ってくる。
笑いながらマシューは言う。
「ははは、お兄ちゃん、大変だな」
「まったくッスよ……」
「でもやっぱすげえなお前、あんなの自作できるなんて……」
「街で売ってるのには粗悪品とか……ひどい場合完全なインチキ商品もありますからね。あんなんに比べたら、俺の作ったヤツの方が遙かに性能いいですよ……あ、そうだ、勇者さまにも作りますよ、増幅器」
「あー……俺はいいよ、魔法得意じゃねえし。カシームもできるのは基礎の魔法だけだし……作るんだったら、シャーリーに作ってやれ」
言って、マシュー、シャーリーの姿を目で追う。
彼女は、「とりゃあぁ!」と奇声を上げて、両手で水晶玉に力を込めているタミーを見ながら、微笑んでいる。
まるで、本当に年の離れた姉が妹を見守るような柔らかな表情が、春の陽光の中できらめいている。
マシューの様子を見たアスーロ、何事か悟った顔になる。
そして、アスーロが言う。
「……わっかりましたぁ! タミーからアクセサリーの本借りて、めっちゃ可愛いネックレス型だかイヤリング型だかの増幅器作りますからね、勇者さまからシャーリーさんにプレゼントしてあげて下さい!」
更に、マシューの耳元で、囁くように続けて言う。
「それで、その後は、バッチリっす」
「……」
マシュー、アスーロを見る。得意げな顔になっている。
「……」
ずびし。
マシューはアスーロの額に「デコピン」を喰らわせた。
「素振り五百回追加! 終わるまで昼メシ抜きっ!!」
「えー、ひどくね!?」
◇◇◇
「いってえ、何すんだよー!」
「うるせえ! 弟のくせに生意気なんだよ!」
◇◇◇
マシュー=鈴木与一は、前世の、年の離れた弟、
(……そういえば小さい頃、俺、大樹にもよくデコピンしたなあ。あいつ、今ごろ、どうしてっかな)
(大樹……俺、お前には何一つ、兄貴らしいことはしてやれなかったなあ……せめて、この世界のどっかにいるクソったれの神様に祈るよ。俺みたいに、異世界転生なんかしなくていい。どうか、今の世界で、俺の分まで長生きしてくれ。そして、どうか、仕事にも、友人にも、そして生涯のパートナーにも、恵まれる人生を送ってくれ……)
マシューが考えにふけっていると、いつの間にか、側まで来ていたシャーリーから、声がかかった。
ちなみにその背後では、アスーロは「五十一、五十二!」とカウントしながら木剣を振り、タミーはぬぬぬと水晶玉に気合いを込め続けていた。
「カシーム、遅いね。何かあったのかな」
そう、今この場にいないカシームは、何をしているのか――
実はマシューたちのところに、勅使が向かっている。おそらくは「勅令クエスト」の依頼だろうと、マシューたちは思った。
勅使は最初「太鳳亭」に向かったらしい。拠点を移して日が浅かったので、王宮には、『星々の咆哮』がラインフォード邸の離れにいる情報は伝わっていなかったのだ。
勅使に、無駄足を踏ませたことになる。そのことを耳に入れたギルマスのジャガーさんが、気を利かせて、職員――足の速いウマむ……じゃない、ウマコをよこして、知らせてくれたのだ。
勅使にへそを曲げられてはいろいろと面倒だと、カシームが、太鳳亭から方向を変えてこちらに向かっている勅使一行を出迎えにいった……というわけである。
だが、通常大人の足で太鳳亭からラインフォード邸までかかる時間を考慮すると、シャーリーの言うとおり、すごく時間がかかっていた。
「確かにな……まあアイツのことだから大丈夫だとは思うけど……」
マシューがそう言っていると、遠くの方から、何やら聞き覚えがある声がしてきた。
なお、これは完全な蛇足であるが――ダッダリア冒険者ギルドの女性職員たちにも、マシューたちと同じような「なんたら・なにがし」という名前がある。だが全員、ニックネームだかコードネームだか源氏名(おい!)だかのように、揃ってネココやウマコやヒツジコ……のように名乗っており、デミトリーだけでなく冒険者たちも、その名前で呼んでいる。
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