No.003 Enemies behind the masks

第25話 つかの間、平和な一日を……

 <ここまでのお話>

 現代日本で暮らしていた青年、鈴木与一は、過労死した後、異世界に転生した。

 彼が転生したのは、前世で読んでいた漫画『辺境追放の最強魔道士』の世界(またはそれに酷似した世界)であり、転生先は、主人公を己のパーティから追放した勇者マシュー・クロムハートである。

 マシューになってしまった鈴木与一というか、前世の記憶が蘇ったマシューというか、とにかく彼は、このまま「原作」通り話が進めば、散々落ちぶれた上、闇落ちして主人公の敵となり、最後は生きたまま火葬されるという惨めな運命をたどるのだ。

 このままでは、自らはおろか、仲間のシャーリーとカシームも巻き添いで破滅させてしまうと思った彼は、運命を変える第一歩として、偶然助けた大富豪ラインフォード家の息子と娘、アスーロとタミーをメンバー見習いとして勇者パーティに加えることにした。

 目的のためにウソまでついてしまったマシューは、罪悪感に苛まれる。その一方で――むしろ、それ故に、かもしれない――アスーロとタミーの身を全力で守るのだと決意していた。


 そして、彼はまだ知る由もなかった。

 この選択が、勇者マシュー・クロムハートとその仲間たちの、長きにわたる戦いの日々の始まりであったことを……


  ◇◇◇


 ここからは、再び、作者自身にストーリーを語らせていただきたい。


 アスーロとタミーが『星々の咆哮』に加わったその翌日、当主フラーノは、急ぎの商用のため、ボディガード数名を連れてダッダリアの邸宅を離れることとなった。

 フラーノは、その前に、子供たちが加入したのだからと、敷地内で空いていた二階建て、地下室ありの離れを、パーティの拠点アジトとして提供した。マシュー、シャーリー、カシームそれぞれの私室もあり、アスーロとタミーの部屋も、母屋からこの離れに移すことになった。


 かくして、引っ越し作業の日がやって来たのだが――レックス、ビート、ミラ、キャロル……この家の使用人・メイドたちは、アスーロとタミーの前で途方に暮れていた。

 従来の『星々の咆哮』のメンバー三人は、さほど私物は持っていない。

 一方で、母屋の表に出されている、アスーロとタミーの荷物が、半端ないのだ。

 二人合わせた、その箱詰めされた荷物の量は、《収納魔法インベントリー》があっても、よほどのS級魔道士で、無限に近いくらい収納できますって奴でもない限り、どうにもできないレベルだ。

 一応荷車が用意されているが、それでも何往復必要なことやら……


 アスーロの方は魔道具開発用の工具やら何やらと、とにかく大量の書籍。

「どーすんすかこれ……とても全部入りそうにないっすよ」

 レックス、アスーロに言う。

「てへっ」

「てへっ、じゃないっすよ!」

「まあまあ、自分でも運ぶからさ」

「当然っす」

 ビートが言う。

「とにかく、何としてでも地下室に押し込むぞ」

 タミーの方は服。もう服、服、服。いつ着るんだというくらいの服。

「お嬢さま、だから常日頃言ってたじゃないですか、着ない服は処分して下さいって……」

 キャロルが言うと、タミー、答えて言う。

「てへっ」

「てへっ、じゃありません! ホントにもう、兄妹揃って!」

「だってぜーんぶ父さまが買ってくれたのよ! 捨てるなんてできないもん!」


(……結局親バカが原因なんだな)

 ちょっと離れたところから、一同を見ているマシューは苦笑する。

「はっはっはっ……どうやら、私の魔法の出番が来たようですね」

 マシューの横に、白髪白髭の、如何にも執事然とした初老の男がやって来る。

「セバスチャン……」

「ルークス、です! 勇者さま、それ持ちネタにするのやめて下さいよ!?」

「い、いや、すまん、つい……で、執事さん、魔法なんか使えるのか?」

火球ファイアーボールとか雷撃サンダーとか、冒険者が使うような魔法はさっぱりですけどね……私が得意なのはこれです!」

 ルークスが両手を前に突き出すと、そこに大きめの魔法陣が発生した。

「《物体移動スペシャルデリバリー》!」

 彼が叫ぶと、アスーロたち一同の前にあった大きな荷物の箱が、一つ、二つ、ポゥと光に覆われ、ふわり、宙に浮いた。

 「おおっ!」マシューは驚く。

 ルークス、腕を動かす。それに連れて、浮かんだ荷物はゆっくり、荷車の方に動き始める。

「はっはっはっ……この魔法があれば、どんなに荷物があろうが楽勝……」

 グキッ。何か変な音がした。

 「おごっ!」とルークスは妙な叫び声を上げ、倒れた。

 そして、宙に浮かんでいた箱は地面に落ちた。

「お、おい?」

 マシューが言うと、ルークスは四つん這いになったまま腰を押さえて答える。

「こ、腰が……腰痛がっ……」

「「ルークスさん!?」」

 レックスとビートが寄ってくる。

「もー、実際に抱えたわけでもないのに、何で、魔法使って、腰いわしてるんですか!?」

「し、知らん……若い頃はこんなことなかったんだが……」

「無理しないで下さいよー、もういい歳なんですから!」

「う、上着の内ポケットに痛み止めの薬がっ……」

「はいはい」

 マシューは、苦笑しながら「……しょうがねーなー」と言うと、ルークスが落とした箱の方に行き、それをひょいと、軽々と持ち上げた。

 一同、ビックリする。

「フフフ、見よ、これが最上級格闘士グラップラーのスキルだ……なあみんな、俺も手伝うからさ、チャッチャッと終わらせちまおうぜ」

「あ、はい!」

 一同は作業を開始した。

 マシュー、箱を抱えたまま、アスーロのところへ行くと、耳打ちするように言った。

「大事な本の隠し場所は、ちゃーんと考えるんだぞ? ……特にタミーにはバレないようにな」

「ちょ、ちょ、ちょっと、勇者さま!?」

 アスーロ、赤くなって、抗議するように言ったが、マシューは意に介さず、「ははは」と呵々大笑しながら、大きな箱を運んでいく――


 その一同の様子を、シャーリーとカシームが、遠巻きに眺めていた。

「……あいつ、ホント、変わったなあ」

 カシームが言うのに、シャーリーが答えて言う。

「ええ、そうね……でも」

 アスーロや、使用人たちと何事か言いつつ、笑いながら荷物を車に乗せているマシュー。

 そのマシューを見ているシャーリーの瞳は、とても優しい菫色になっている。

「でも、何かな?」

 ちょっと悪戯っぽくカシームが尋ねる。

「な……なんでもないわよ。さ、あたしも手伝いに行こっと」

 シャーリー、カシームに顔を合わせることなく、そそくさと作業をしている一団のところに駆けていく。

「タミーちゃん、あたしも手伝うわ」

 言うなり、箱の一つをよいしょと持ち上げた。

「お、お姉さま!? だめですよ、そんな畏れ多い」

「男の人には、触って欲しくない荷物だってあるんじゃないの? 特にマシューこいつなんか、すっごくガサツだし」

「シャ、シャーリー君? それはちょっとに対して失礼じゃないかなぁ?」

 冗談めかして答えるマシューに、シャーリーとタミーの二人が、二輪の花のように笑う。

 それを見て、カシーム――

「やれやれ、俺だけ花街行って遊んできますとはいかねえか」

 作業中の一団の方に、ゆっくりと歩を進めていった。


  ◇◇◇


 なお、今まで彼らが根城にしていた太鳳亭は、そういう事情につき引き払うこととなったが、マシューがその事を告げても、亭主は『ああ、そうかい』と一言答えただけだった。




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