第24話 ギルマス様の言うことにゃ

 マシュー・クロムハートが、アスーロとタミーのラインフォード兄妹と話し込んでいた、ほぼ同時刻、深夜――

 勇者パーティ『星々の咆哮』のメンバー、シャーリー・セラッティとカシーム=マトラ・ユーバリーの姿は、ダッダリアの冒険者ギルド本部の中にあった。


 建物は吹き抜け構造になっていて、一階に冒険者登録やら仕事の斡旋やら魔石その他の買付けのいわゆる通常業務の受付と、食堂兼酒場があり、二階のロの字になっている廊下に面して、ギルドマスターの執務室を含む幾つかの部屋がある、という造りだ。

 夜遅いので、受付はもう閉まっている。酒場も本来なら店じまいの時間なのだが、二人のためにまだ開けている。他の客はいない。

 ナッツ系のツマミを傍らに、カシームはエールを、シャーリーは銀の杯に入ったカクテル系の飲み物を飲んでいる。

 その二人に付き合っているのが、ダッダリア冒険者ギルドのマスター、デミトリー・バシリエフである。

 彼を名前で呼ぶ人はいないと言っても過言ではない。マスターとかギルマスとか役職で呼ぶか、さもなくば「ジャガーさん」と呼ぶかだ。

 何故なら「顔が豹だから」である。


 デミトリーは獣人だった。この世界にはだいたい総人口のいちパーセントくらいの割合で獣人がいる。

 マイノリティであることもあり、獣人は差別される立場である。

 にも拘わらず、彼は国内でも最大規模を誇る、このダッダリアの冒険者ギルドのマスターを務めている――それも道理というほど、知的で、沈着冷静のうえに公明正大、そして今でこそ引退しているが、冒険者としての実力も文句なしと言った人物であった。

 そして、差別されている獣人たちの境遇に鑑み、ギルドの職員の大半を獣人にしている。

 オープンしている時の本部には、ネコ、ウサギ、オオカミ、ヒツジ、ウマ……っぽい娘たちが顔を揃えているのだ。

 もちろん、皆、いずれ劣らぬ美女と美少女の群れ、であった。


「ほお、勇者マシューがそんなことをね……」

「だよな、らしくねえだろ……」

 だいぶ出来上がっているカシームの相手――というか、愚痴? を聞いているデミトリー。

 顔が豹なので年齢がわかりにくいが、声は三十~四十代男性の、渋いバリトンボイス。

 ドレスシャツの上に襟の高い上着の、この世界の紳士然とした格好に、これでもかというほどマッチしていた。

「まあ、あのラインフォード家……我々もお世話になっているが、あそこと繋がりを持てば、君たちパーティーの評判も上がるのではないかな」

「いやだからそこがらしくねえんだよ。アイツ今まで世間体とか、全然気にしてなかったんだよ……もっと気にしろって言い続けてたんだけどよ」

「では、そんなのではなくて、純粋に子供たちを保護しようとしているとか……?」

「いやそれもらしくねえ。これまでだったら『足手まといが増えるなんて絶対ごめんだ!』って、言うヤツだったんだ。でもよ……ホント、ダンジョンでギガマンティスにぶっ飛ばされてから、アイツおかしいんだよな。かわいそうだから冒険者の遺体を運んでやれとか、なんか、妙に優しくて、いいヤツになってる。結構、冗談も言うようになったし……」

「……そういえば、最近こんな話を聞いたぞ」

 デミトリーの言葉に、カシームとシャーリーは耳を立てる。


「王国の北の方に……ベンダーラ村ほど辺境じゃないところだが、そこにボーアイって小さな村がある。一月ほど前に、その村から、冒険者パーティがダッダリアに出稼ぎにやってきた。『六杯の火酒』って名前の、男六人組でな、実力は間違いなくAランク。だけど、みんながやらない街の掃除の仕事なんかも、快く受けてくれるイイ奴らだ。

 この前、そこのリーダーのラティスと一杯やったんだが、ラティスが言うには、ボーアイ村の村長の男は、ひどい奴だったらしい。住民たちには居丈高に接し、容赦なく年貢を取り立てる。一方で偉い役人相手には必要以上に媚びへつらい、その上、村の近所に根城を持つ野盗の一味と裏で手を組んで、年に数回の略奪を容認してたって話だ。あまりにひどいというので、とうとう、ある晩のこと、村の血気盛んな若者たち数人がつるんで、村長を襲撃した」

「そのラティスとか言うヤツも一緒にか?」

「本人は加担してないって言ってたがな、さてどうだか。で、村長は棒か何かでこっぴどく頭を殴られ、重篤な状態になったんだが……二、三日後、息を吹き返したそうだ」

「はあ、それじゃあ、夜討ちをかけた連中はみんな縛り首にでもなったんだな」

「いや、ところがそうじゃなくて、目覚めて以来、村長は人が変わった。悪かったのは自分だからと誰も罪に問わなかった。そして、『正義を取り戻す!』などと言い出し、野盗を全員捕縛して処罰するわ、役人の要求も理不尽なものはガンとして撥ねつけるわの、神様仏様みたいな村長になってしまったそうだ。

 当然、周りの人たちはみな困惑し、村人の一人が、山奥に隠棲していた賢者を捜し当てて、事情を話した。そしたら、その賢者はこう答えたそうだ。臨死体験をすると別人格になることが希にある、と」


「……ひょっとして、マシューもそうだってのか?」

「ふふっ、これ自体、ラティスのヨタ話かもしれんけどな……でも事実だとしたら、すごくよく似たケースと思わないか? まあ、何にせよ、いいヤツになったのなら、喜ぶべきではないのかな」

「まあ、酒やめるってだけでホッとしてるのは確かだが……」

「ウチの備品も相当壊されたしな」

 デミトリー、ちょっと笑っているようだ。

「でもよう、の方の話はどう思う? 魔獣総進撃ランページが起きるって話……」

「確かに、そう言われると、長年発生していないのが心配にはなるな。もし起こったら、私も最後の一人になるまで逃げられない立場だと思うと、気が重いよ」

「でも、そんなこと考えてたんだったら、俺たちには相談してくれたらよかったのによぉ、水くさいぜ……」

 カシーム、限界が来て、睡魔に襲われ始めたようだ。

 しかし、その一方で――

 シャーリーは、さっきからずうっと一言も発さず、考え込んだ表情をしていた。

(ジャガーさんの言うとおりなのかな……確かに、前と違って、よく笑うようになったし、アスーロくんやタミーちゃん、それから他の屋敷の人にも、すごく気さくに接してるし……それに……)

 シャーリーの脳裏には、最近の――ラインフォード邸に来て以来の――色々なマシューの姿が浮かんでいる。とりわけ浮かぶのは、エトラの実をあげたときの、彼の満面の笑顔だ。

「少しはその気になってもいいのかな……」

 つい、言葉が口から溢れた。

「何か言いました?」

 デミトリーに問いかけられ、ハッとするシャーリー。

 ちょっと頬に赤みが差したのは、酒のせいではない。

「えっ……う、ううん、何でもないわ」

 答えて銀の杯に口をつけ、クッと一気に残りの中のものを飲み干し、言った。

「カシームも結構飲んだし、今日はもう、お開きにした方がよさそうね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る